許すことの方が はるかに易しい

 何も言わず前を歩く永井の後ろを、伊勢は何か声をかけようか と思いつつ、何も言えずついて歩く。
 廊下を真っ直ぐ進めば執行部、右の階段を上れば教室。当然執 行部に行くと思っていた伊勢は、階段を上りかけた永井にやっと 声をかけた。
  「え?教室に行くのか?」
  「…はい」
  「執行部には戻らないのか?」
 二つ目の伊勢の問いに、やや遅れ気味に返事をする永井。
  「……はい」
 言いながら永井は、振り向きもせずにさっさと上り始めた。
  「…待てよ」
 伊勢は永井を追いかけた。踊り場で漸く追いつく。永井の顔を 覗き込むと、眉をひそめ苦い顔をしていた。



 1年生のケンカの仲裁に永井が駆けつけると、すでに伊勢がい た。そして、いつもの通り魔法でカタをつけてしまった後だった 。
  「おう、永井」
 悪びれず、笑顔で振り向いた伊勢を見て永井は思う。もう少し 自分が早く来ていればと。
   ―――「ちょっとやりすぎって気がしない?」
 野次馬達の中から、小さな声で聞こえてくる言葉。こぶしを握 った…。




 ドアを開けると、窓から強烈な西日が誰もいない教室に差して 込んでいた。永井は中に入り、特に何をするではなくゆっくりと 机の間を歩いた。
  「…なぁ、何しに来たんだ?」
 永井の行動の意味が分からず、伊勢が声をかける。さっきから なんか怒ってるとは思うものの、その理由が分からない。
  「なぜ…」
  「え?」
  「なぜ、いつも、力で解決してしまう…!」
 少し声を荒げ、永井は叫んだ。そんな永井を見たのは初めてで 、伊勢は少し怯む。
  「だ、だって、アイツらは…」
 痛い目にあわせた方がいい、と言おうとして黙ってしまった。 振り向いた永井が泣き出しそうな顔をしていたから。
  「…なんでそんな顔すんの?」
 胸がチクリと痛むのはどうしてだ?自分に問いかけながら、手を差し 伸べる。
  「なぁ…すぐにケンカするヤツは嫌いか?」
 伊勢は左手で永井の頬を包みながら、伏せたまつげに唇を寄せる。
  「そんなこと言ってるんじゃない…っ」
 永井は伊勢の胸を押し、身体を離した。


(06.10.1)

おわり


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