double face

  「龍サン、ご指名です…ケド、一見さんみたいで…いいっすか?」
  「よかろう…」
 ヘルプでついていた、この店の人気ホスト・永井の元に新入りがやってきて耳打ちした。永井は他のホストと違って客を選り好みしない。
  「あ、あのそれに…」
 客に挨拶を済ませ、指名されたというテーブルの方に歩き出した永井に向かって恐る恐る言いかけた彼の言葉の続き「男なんですけど」は、ひとときの夢を求めて集まってきた女性たちの、解放された嬌声にかき消された。甲高い笑い声の中をゆうらりと永井は歩く。指名されたテーブルのところまで来ると、片膝をついて頭を下げた。
  「いらっしゃいませ。ご指名ありがとうございます」
  「よっ、久しぶりだな、龍堂」
 永井の店での名前、つまり源氏名は“龍”だ。本名で呼ばれたこと、しかも男声に驚いて、永井は些か緊張した表情で顔を上げた。
  「聡史…!」
  「しっかし、えらく流行ってんなぁ、この店」
  「一人?どうしてココに?」
 永井は店内を珍しそうに見回す伊勢の横に滑り込むように座った。永井と伊勢は高校、大学時代を共に過ごした同級生なのだ。
 在学中にホストにスカウトされ、そのまま現在に至る永井に対して、国内でも有名なアパレルメーカーに普通に就職した伊勢。当時、進路を聞いた周りの反応は一様に「伊勢と永井の進路は逆じゃない?」と驚いていた。
  「うん、ま、久々にお前の顔が見たくなった…というか、そんな感じ」
 永井はオーダーを取りに来たさっきの新人に、グラス2つとバーボンを持ってくるように言った。そして伊勢のセリフを受けて軽く握った拳を口元に寄せ、くっくっと笑った。
  「ふうん。…つまりお前、何か俺に頼みごとでもあるんでしょ?」
 それを見て、伊勢も「やっぱわかる?」と笑い出した。


  「それで、モデルを探してここに来たってこと?」
 伊勢は新作発表のショーに使うモデルを探す仕事をしていたのだが、どうしてもイメージに会う人物に巡りあわない。上司にもせっつかれて困っていたところ、たまたま永井のいる店のチラシを見て思いついた。
  「よく考えたら、別にモデル事務所に所属してなきゃいけないって条件、無かったし」
 言いながらも伊勢は店内をキョロキョロと見回している。
  「ふぅん。でもさ、俺がこんなこと言うのもアレなんだけど、こういう店のお客さんって顔出されたらマズイ人がけっこう多いよ?キャバクラのオネエサンだったり、会社の社長だったり。たとえば、あそこのボックスにいるのは某住職の奥さんだし…」
 永井はさり気なくグラスを持つ手の小指で、自分達のいる席の斜め前を指した。その席には40代くらいの若作りした女性が、頬を赤く染めホストの肩にしなだれかかり、うっとりとしていた。
  「うげっ、なんだあのトチ狂ったメス豚っ。旦那とセックスレスなんじゃね?つーか、お布施で男遊びしてんのかよっ」
  「おい聡史、聞こえるってっ」
 永井は慌てて伊勢の口を塞いだ。
  「悪い悪い。でもさ、生憎俺が探してるのは女じゃなくて男だから。誰かよさそうなヤツ紹介してよ」
  「え?男のモデル?…聡史ひょっとして、従業員をスカウトしに来たのか?」
  「うん、そう。別にこの店にいないってんなら、他店の龍堂コネクションでも全然オッケーだけど」
 面食らっている永井に空いたグラスを突き出し、伊勢はおかわりを催促する。
 伊勢の考えているような人物、それは黒髪で長身痩躯、男らしさの中にも繊細なムードを持っている、というものだった。
  「うーん…。黒髪は染めればなんとかなるとして…男らしくて繊細ねぇ」
 永井はグラスを受け取りながら、従業員の顔を順に思い浮かべた。
  「…ていうか、龍堂、お前がモデルやんない?」
  「……はぁ?お前ナニ言ってんだ」
  「改めて口にしてみたら、お前がイメージにぴったりだって気づいたりして」


 それから暫く「やれ」「やらない」のやり取りがあり、久しぶりに会った親友同士は、エスカレートして険悪なムードになりつつあった。なんとなくそれを察した他のホストが気を利かせて御用聞きに来るが、「ここにいろ」という伊勢と「まだ話してる最中だ」という永井。
 さすがに永井もいつまでもこの調子じゃ店にも迷惑がかかると思い、伊勢に妥協案を出した。
  「お前も俺の言うことを聞いてくれるか?聞いてくれるなら、モデルの件、前向きに検討してやってもいい」
  「マジか!? その案乗った!で、何?」
  「1週間、お前もここでホストとして働いてよ。もちろん、翌日の本業に響かない程度の時間まででいいからさ」
  「ヤダね、なんでそんなこ…」
  「あっそ、それじゃ別にいいけど」
  「あ、やりますやります」
 酒を飲みながら永井は、周りの客が隣にいるホストとしゃべりながらも、伊勢のことを気にしてチラチラ見ていることに気づいた。伊勢は元々モテたのに男友達とバカやる方が楽しかったみたいで、女たちの視線には疎い。そんな伊勢だからこそ、客に溺れる心配がなくホストという商売に向いている気がした。上手くいけば伊勢がドル箱になるかも知れない。…なんて、邪な気持ちも手伝って、永井はこの提案をしたのである。






 その翌日から1週間、伊勢は永井といっしょのテーブルで表向きは“見習い”として働くことになった。通常こういうケースはありえないことなのだが、永井がどうみんなに言いくるめたのか、誰も文句を言う者はいなかった。
 永井の思ったとおり、伊勢は年上の客に可愛がられ、1週間だけの見習いということで多少のミスも大目に見てもらって、のびのびと仕事をしていた。
 そしてついに約束の1週間目。
  「龍堂、今日が約束の日だぜ。店が終わったらちゃんと話しようぜ」
 店に来るなり伊勢は永井に言いに来た。
  「…わかった。明日は会社が休みだから、今日はラストまで居られるんだろ?店あがったら、その後話そうか」
  「了解!」
 伊勢は嬉しそうに笑って、ホールの掃除に向かった。真新しい海外ブランドのスーツは、先日伊勢が“メス豚”と言った例の客が買い与えたものだった。
  「ホント、素質あるのになぁ…」
 サラリーマンにしておくのはもったいない、とその背中を見て永井は呟いた。






  「ありがとうございました」
 伊勢は、最後の客とアフターに行ったホストたちを見送った。もう空が明るくなりつつあり、大きく伸びをした目の前を、土曜日だというのに早朝ランニングに興じる輩が通った。
  「さて、と」
 一仕事終えたのだけれど、伊勢の本当の仕事はコレからがメインだった。前向きに検討すると永井は言ったが、やるとはまだ言わせていない。とは言え、コチラはきっちり約束どおり1週間働いたのだから、今更断らせるつもりなどさらさら無いが。
  「龍堂ー?あれ?どこだー?」
 店内に戻ると、永井の姿が見当たらない。伊勢はバックルームにも永井が居ないことを確認した後、ホールを見に行った。
 最後の客が飲み散らかしたテーブルをついでにざっと片付けて、ふと見ると永井はステージに近い方のソファに寝転んでいた。
  「なんだ、ここで寝てたのか、見えなかった。おおい、起きろー」
 伊勢が永井の顔を覗き込むと、いきなり首のところに腕を回され引き寄せられた。
  「ん…っ」
 噛み付くように唇を重ねられ、ほんの少し歯がカチリと当たった。柔らかく温かい永井の唇は、相変わらず“眩暈の口づけ”を作りだす。
 首を引き寄せた永井の手は次第に下りてきて、もどかしそうにジャケットのボタンを外し、肩から落として脱がしてしまうと、伊勢の身体を抱きしめるようにしてくるりと回転し、自分と体勢を入れ替えた。
 唇を離し、伊勢を見下ろす永井。
  「…1週間、お疲れ。久々に学生時代に戻ったみたいで楽しかったよ。それからモデルの件なんだけど、俺でよければ引き受けるから」
  「おーサンキュ。ま、断らせるつもり、なかったけどな」
  「あ、やっぱり。…ね、久々ついでに、ヤらない?」
 永井はネクタイの結び目に長い指を挿しいれ、左右に2、3回振って緩める。
  「…どうせ断らせるつもり、ないんだろ?」
  「まあな」
 伊勢の問いかけに、口の端を少し吊り上げて笑いながら答えると、永井はもう一度唇を重ねた。


 キスしながら器用に伊勢のシャツのボタンを外し、緩めたネクタイを抜く永井と、久しぶりにこうなると、なんだか妙に照れくさい伊勢と。
  「…なんかちょっと震えてない?聡史、…バージン、みたい…」
  「うるせっ」
 赤くなる伊勢を見て、永井は笑った。
 伊勢の胸の飾りを指で弄り、唇は絶妙なタッチで肌にそっと触れてくる。胸から次第に下草へと、ついに下着の上からでも形がわかるくらいになっている伊勢自身に辿りついた。
 永井が下着に手をかけると、伊勢のものは勢いよく飛び出してきた。手のひらに載せるように握りこむと、舌の先で先端から根元まで裏筋を舐めたあと、茎を横から唇ではさみ、上下に舐めた。
  「んっ……っ」
 伊勢の口から零れた声を聴いて、永井は先端を口に含む。
  「っ…ぁっ」
 口を窄めたり、喉の奥まで飲み込んだり、しばらく永井は伊勢のものを味わっていた。暫くすると、伊勢の先走りの味が口の中に広がってきた。それは唾液に雑じり永井の唇から零れ、伊勢の袋を伝い秘所にまで流れていく。永井は親指を伊勢の蕾にあて、他の指で袋を揉んだ。そして指をゆっくりと挿入すると、伊勢の声が上ずった。親指を曲げて動かしたり、指を変え本数を増やしたり、ある程度解れたら永井は伊勢のものから口を離した。
  「ここ狭いから上に乗って…」
  「わっ!」
 伊勢は急に腕を引っ張られ起き上がらされてしまった。そして、ソファに座った永井の膝に前向きに座らされた。
  「ひ…っ」
 ずっと気づいていなかったけど、鏡張りの店内の壁に、肌蹴たシャツを羽織っただけの自分の痴態がしっかり映っていたのだ。思わず両手で口を覆った。
  「自分の感じてる姿を見るのは興奮するんじゃない?」
 イジワルな永井は片手で伊勢の腰を抱きしめて、反対の手で中心を擦り始めた。永井の唾液で潤みにまみれた先端が光り、赤く膨れているのが映っていて、羞恥に目を瞑る。
  「やめろ…っ」
  「やめない」
 たしかに、「やめろ」と言われてやめるような男ではなかった。けれど、さすがにこれは恥ずかしい。逃げようと身を捩り、バランスを崩して、その度に永井に連れ戻される。
  「もう、素直じゃないなぁ」
 その瞬間、永井の熱い肉棒が伊勢を貫いた。
  「ぁぁぁぁぁーーーーっ」
 永井の一番太い部分を飲み込むと、その後は自分の体重でどんどんつながりが深くなっていく。腰の奥に感じる鈍い痛みは、永井が最奥に到達したことの証。身体を貫かれるその痛みは、やがて快感にシフトされていく。そこから体中にジワジワと快感が拡がっていくのだ。
 螺旋を描くように永井は腰を回し、その動きに合わせて、噛み締めた奥歯から伊勢の喘ぎ声が洩れる。
  「聡史、すっごいヤラしー…恥ずかしいとこんなに締め付けてくるんだ。俺が動くと、…ほら、抜かないでって感じに絡み付いて…くるよ」
  「お、お前だって…いきなり余裕のない声出してんじゃんかよっ」
  「あれ、聡史はまだ余裕あるんだ?…足りない?」
 永井は伊勢の腕を掴むと、腰を突き上げるリズムを早めた。即ち伊勢の前立腺を擦るリズムも早くなる。
  「あっ…あっ…!」
  「ほらっ達けよ…っ」
 ポイントを何度も擦られて、頭の中がだんだんと真っ白になっていく。防波堤に波が弾けるように、伊勢の身体を甘い快楽が襲う。
  「ぁぁーーーっ…は…ぁ……ぁっ!」
  「くっ…っ」
 永井が大きく突き上げると、伊勢の中で一際膨らんだ肉棒が打ちつけられた。身体の中で暴れる永井を感じながら、伊勢も導かれるまま吐精した。





 最後に身体を重ねたのは、卒業する少し前のことだった。あの時はもうこれが最後になるのかななんて話していたのに、再びこんなふうになる日が来るとは思ってなかった。
 永井は伊勢に、水を口移しで飲ませた。
  「…起きられる?」
  「ん…なんとか。明日も会社休みでよかったぜ」
  「す、すまない…つい……」
  「ばぁか。謝るなら最初からやんなっての」
 申し訳なさそうにした永井を見て、伊勢は笑いながら「水を飲ませて」と甘えるように強請った。

(07.3.12)





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