純愛さがし

 静かな夜、艶めかしい息遣いだけが響く広い部屋に、月明りがレースのカーテンから差し込む。そこに浮かびあがる二つのシルエットは伊勢と永井。
 腰を打ちつけ熱くたぎる欲望を満足させているのは、この家の息子の聡史。我が侭で横暴で、彼の世話係にされた手伝いの者は次々に辞めていく。
 シーツに両手をつけて、貫かれているのは永井龍堂。伊勢の父に借金をして始めた事業に失敗し、膨大な額の返済に困りこの家に連れて来られた。タダ働き同然で息子聡史の世話係をしている。
  「…っは……っ」
 繋がるための器官ではない場所で男を受け入れている永井は、苦しそうに喘いだ。引き締まった背中にできたくぼみには、自分の汗と伊勢の髪の先から落ちた汗が混じる。
 そもそも永井は、伊勢の情夫として雇われたわけではない。
 伊勢はたまたま夜伽の女が居なかった日に、戯れに永井に口で処理をさせたのが意外によかったらしく、次の日も、その次の日も永井を部屋に呼びつけて奉仕させた。しかしそれにも次第に飽きてきて、一週間もしないうちにその先の行為に及んだ。
 この家には永井の他にも男はいたし、もちろん女の使用人もいるのだが、伊勢はなぜか永井に執着していた。



  「ほら…もっと腰振れよ…っ」
 自分を跨がせ寝転んだ伊勢は、永井の腰を掴み上下に揺さぶった。
 突き上げられた永井は少しずつ腰の奥が疼き出し、下肢に血液が集まるのを感じた。
  「なんだ…お前も悦くなってきたみてーだな」
  「す、すみません、聡史さん…っ」
 必死に腰を動かしながら、俯き加減に謝罪の言葉を口にした永井を見て意地悪く笑った伊勢は、首をもたげた永井自身を握り、親指で先端を弄った。
  「聡史さんっ、いけませ…っ…っ」
 刺激に敏感になっている自身を、後孔に伊勢のものを咥えている状態で触られたら我慢できる自信は、永井にはない。
  「あ゛あ゛? お前が俺に指図できる立場かよ」
 伊勢は口の端を吊り上げて揶揄するように笑い、親指で小さい穴をこじ開ける。
  「んっ…っ」
 永井は快感を逃すように唇を噛み締めた。もしも今この体勢で射精してしまったら、伊勢の身体に白濁を浴びせてしまうことになる。そんなことになれば、そのあとどんなお仕置きが待っているのかと思うと、背筋が凍る。
 いつもの伊勢は永井のことなどお構いなしで、自分さえ快感を得られたら満足して終わる、そんな勝手な抱き方をしていた。はっきり言えば、永井を自慰の道具としか見ていないような扱いだった。
 それなのに、何故か分からないが、今日は恋人にするような抱き方をしているのだ。例えば今のように永井の性器に触ったり、何度も体位を変えてみたり。
  「ゆ、許してくださ…い、聡史さん、そんなことなさったら…」
  「こんなことしたら…?」
 眉を上げて伊勢は永井に、言葉の続きを眼差しで促す。
  「出……出て…しまいます」
 消え入りそうな声で言い、目尻に涙を浮かべる永井は、やけに伊勢の劣情を煽った。
  「あっそう」
  「え…?…っああ…っ」
 伊勢は深く腰を抉るように回し、奥まで突き上げた。
  「今日はたっぷり可愛がってやる…っ」
 昨日までの伊勢ならありえない言葉を聞いて永井は驚いたが、感じる場所を何度も擦られて、どうしようもない快感に襲われ、抗えない故につい吐精してしまった。
 永井の快感の証は、伊勢の胸の辺りに撒き散った。
  「ぁ…っご……、ごめんなさい…ごめんなさ…っ」
 慌てて拭おうと手を伸ばした永井だったが、その手首を伊勢につかまれ後方に倒された。
 伊勢は永井の顔の横に腕を押し付け、怒られると思ってごめんなさいを連呼するその唇を塞ぐ。もう何度も身体を重ねているのに、口づけをするのも、もちろんこれが初めてのことだった。
 永井の膝の裏を抱え腰を高く上げさせると、伊勢は激しく腰を打ちつけ、ラストスパートをかける。
  「あっ…あ…ぁぁぁ…んっあ…っ」
  「…へえ、結構いい声で啼くんだ」
 伊勢は永井の顎を捕らえ自分に向かせると、快感に歪む永井の顔を見つめゴクリと喉を鳴らした。
  「ほら…もう一回イケ…っ。次イク時は俺の名前を呼んでみろっ」
  「さ…聡史さん…っ聡史さ…んっ」
 感じる場所を何度も攻め立てられ、夢中で言いつけどおり伊勢の名前を呼びながら、永井は2度目の精を放ったのだった。


 行為が終わると、いつもどおり伊勢はだるそうに髪をかきあげベッドに寝転んだ。永井は重い腰に鞭打って後始末をする。自分のことより、まず伊勢の身体を綺麗にして服を着せなくてはならない。
  「…おい、終わったらさっさと出て行けよ」
  「はい…」
 今夜は伊勢の気まぐれに恋人のような扱いを受けたが、また今度は氷のように冷たい扱いを受けるかもしれない。だけど今日はたとえただの気まぐれでも、愛されているのだと錯覚することができた。それだけで永井は幸せな気分になり、もし次に何をされてもいいと思えてくる。
 寝息を立て始めた伊勢を起こさないよう、永井は部屋のドアをそっと閉じた。

(07.5.2)



おわり


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