先生の雑用

 今日は聖凪高校の体育祭。外部からのお客さんもいるので、今日は魔法を一切使用しない、どこの高校でも行われるごく普通の秋の行事となっている。
 ところで、九澄はクラス代表で借り物競走の選手として出場しているのだが、さっきから借りるものを書いた紙を見つめて固まってしまっていた。
 他の選手は、それぞれ嘆きの声や歓喜の声をあげながらもどこかに走って行くのに、九澄は何やらブツブツとひとり言…。
  「グズグズせずに言っちまうか…?いや、全校生徒の前だしなー…。いやしかし、これをチャンスとしてだな…」
  「九澄ぃ!そんなに難しいものなのか!?」
 観覧席の津川の声で九澄はハッとする。
  「ええい、時間もねえ!…ひ、柊…っ!オレと一緒に…」
 思い切って柊愛花に向かって叫ぶが、ちょうど愛花は乾に観覧席から引っ張り出されたトコで、九澄のほうを見て「?」というような顔をしながらも小走りにゴールへ向かって行った。
  「え゛?」
 しまった遅かった!そう思った九澄の前に、親バカと心の狭さを前面に押し出した愛花の父、柊賢二郎が現れた。
  「貴様、愛花に何の用だ?…俺も柊だが、何だったら一緒に走ってやろうか、あ゛あ゛?」
  「ゲ…ッ、いやいやいや、そんな滅相もない!」
  「一体何を借りて来いと書いてある?」
 柊は、九澄が握り締めている紙をつまんだ。
 そうこうしていると、九澄にチームメイトたちの絶叫に近い声が浴びせられる。
  「何やってんだよ、九澄!何でもいいから早くゴールへ行け!」
  「モメとらんで行かんかい!」
 見ると、チームメイト達はみんな目を吊り上げ拳を突き上げていた。
  「なになに…はぁ?『このドサクサに手を繋いでゴールしたい人』だと!?貴様、愛花を…うわっ!」
  「わ、わかったよ、しゃーねー、柊父でもいいや!」
 九澄は柊の腕を掴み、ゴールへと向かった。
  「コラッ、放せ!放さんか、九澄!」
  「柊父、チームの勝利のためだ、堪えろ!今度何でも言うこと聞いてやるからよ!」
 結局乾の次に2着でゴールした九澄は、「柊先生と手を繋いでみたかった」と全校生徒の笑いを取り、とりあえずクラスの最下位は免れたのだった。



  「俺を笑いものにしてくれてありがとうな…!」
 柊は腕を組んで、決してありがたいとは思っていない表情で九澄に言った。
  「だから、約束どおり雑用しに来てやったじゃんよ」
 体育祭の最中、九澄は柊に競技に使った道具を運ぶよう言いつけられた。早い話が力仕事ばかりだった。
  「フヒー疲れた…。で、これはどこに置けばいいんだよ?」
 もう何往復したかわからない九澄が、体育倉庫に今運んできたばかりの荷物にもたれかかった。
  「それはそこでいい。…もう一つお前に仕事だ」
 柊はニヤリと邪悪な笑みを薄い唇に浮かべた。
  「お前、俺と手を繋ぎたかったんだろう?もっと先のことはしたくないか?」
 くっくと喉を鳴らして笑い、柊は九澄の手を握った。
  「はぁ!?いや、それは……遠慮しとくぜ…ハハハ」
 柊の手を解こうと九澄は腕を振るが、全く放してくれる気配が無い。柊の本気を感じて、九澄は後ずさった。
  「…今さら遠慮なんかする必要ないだろう?」
 艶のある低い声が、運動場の歓声にかきけされることなく倉庫に響く。
  「オレがいなくなると、クラスのみんなが探…」
  「心配するな、その程度」
 柊はキラリと光るゴールドのプレートを見せた。
  「き、今日は魔法は使えないんじゃねえのかよっ」
 ジタバタと尚も腕を振りながら、九澄は抵抗する。
  「誰が教師まで魔法を禁じると言った?」
  「…きったねぇ」
  「さぁ、もう質問はこれで終わりだ。お前だってこんな日が来るのを待ってたんだろ…?」
 語尾を掠れさせた柊の、最重要雑用がこれから始まる。

(08.1.16)





おわり

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