sentimental education

  「…ん…っ、ふ…」
 滑塚の大きな手のひらに頬を包まれ、伊勢は息を継ぐ間も与えられず唇を塞がれていた。
 ここは執行部の部室。滑塚は2年生で、今年入学したばかりの伊勢の先輩だ。滑塚は、執行部の部員であることからも分かるようにとても優秀な生徒で、2年生になったばかりだというのにすでにシルバープレートレベルの魔法の使い手だった。
  「滑…塚さ…、カ、ギ…」
  「大丈夫、心配いらねえよ」
 やっとの思いで滑塚から唇を離し言葉を発した伊勢に、滑塚はクスと鼻で笑いながら、得意の“魔手”でその場から動くことなくドアの鍵を閉め、二つある窓のカーテンを順に閉めていった。
 伊勢は、鍵を閉めて欲しいという意味ではなく、鍵が開いているから放して欲しいという意味で言ったつもりだったのに、滑塚は知ってか知らずか密室を作ってしまった。
  「え…?あ…」
 状況を察し、伊勢は赤らむ。唇をどちらのものとも分からない唾液で濡らし、恥らって俯く伊勢のその仕草が滑塚を煽る。滑塚はイスを引き寄せ、背もたれを前にして跨いで座った。
  「ホラ伊勢、俺の指…見てろ」
 滑塚は人差し指を伊勢の目の前に突き出し、下から上にツツ…と動かした。
  「…あっ!」
 伊勢はビクンと身体を跳ねさせ、その体勢を整える間もなく身体を捩り始めた。
  「んっ…!んっ…!…ぁ…っ、ヤ、滑…っ」
 今度は手を軽く握るようにして上下させている滑塚を、伊勢は股間を押さえ涙目で睨みつけた。
  「そんな目で睨まれても、全然怖くねえぞ?」
 余裕たっぷりに滑塚は笑うと、今度は両手で何かを掴む仕草をした。
  「あっ…イヤ、だ…っ」
 伊勢は制服のズボンを慌てて押さえる。さっきから滑塚は、“魔手”を使って、伊勢に触れることなく触れていた。年頃の男のコなら一番敏感になる部分を…だ。そして今はズボンを脱がそうとしている。
 伊勢がズボンを押さえていると、緩く結ばれたネクタイがスルリと音を立てて解けた。あっと思った時にはもう遅く、気がついたときには上着を捲くりあげられ、上半身は裸にされた。
  「な、滑塚さん…っダ、メ…ッ!」
 抗議の言葉も聞こえない振りの滑塚は、涼しい顔でイスに座ったまま意地悪な笑みを口の端に浮かべ、今度こそ目的のズボンを下着ごと太ももの辺りまでずり下げてしまった。
  「ぁ…っ」
 間髪を入れず伊勢の分身を“魔手”で掴む。服の上からとはいえ、今まで煽られていた伊勢の分身はもう充分大きくなっていて、すぐに先端から透明の液が零れてきた。滑塚に柔皮を優しく剥かれ鈴口を撫でられると、伊勢は声にならない声をあげた。
  「ふぁぁ…ぁっ」
  「お…っと」
 膝が崩れかけた伊勢を支えると、倒れてしまわないように気をつけながら、滑塚は近寄って来た。
  「“魔手”で出来るのはここまで、だな」
 言い終わらないうちに、直接伊勢の中心に手を伸ばした。零れる雫を指先に絡めとり、そのぬめりを慣れた手つきで翳りにぬりつける。
  「ふ…っぁ…っ。滑塚さん、ここじゃ…ヤ…っ」
  「ここまでしといて今更」
 滑塚は揶揄すると、伊勢の身体を反転させ腰を持ち上げるようにして机に腕を付かせた。
  「だって、永井とか来たら…っ。こんなとこ見られたら…」
 永井という名前に反応したか、滑塚は動きを止めた。
  「永井に見られたら困る?」
  「あっ当たり前でしょう!?他の人でも困りますっ」
  「なぁんだ、永井限定かと思った」
 滑塚は言葉に裏を持たせ、また鼻で笑った。
  「だから俺んちまで、待ってくだ…っ、ああっ…っ」
 伊勢の言葉を聞こうともせず、滑塚は強引に自身をねじ込んだ。
  「さっきからやけにここでヤるのを嫌がってると思ったら、ふうん、そう、永井ね。お前ら仲いいもんなぁ。…で、もうヤったのか?」
  「っ…ま、まさかっ…俺ら、ンな関係じゃな、い…っすよ…ぁ…ぁっ」
 滑塚は腰の動きを止めることなく、伊勢に言葉を投げかける。
  「へぇ、そうなんだ?でも永井のお前を見る目、友達を見る目じゃないと思うぜ。アイツ大人しそうに見えて、結構手が早いと思ったんだけど…意外」
 滑塚は、伊勢の腰を抉る律動を早めた。
  「あっあっ…っ……、も、もしそうでも…っ、俺はアイツとは…し、ないで…すっ…俺、はっ…滑塚さんだ…けっ…ぁぁぁぁぁーーー…っ」
  「……お前はアイツを拒まないよ……いや、拒めない…よ、……っ」
 熱くたぎる欲望を解き放った伊勢にはもう、滑塚の言葉は聞こえてはいなかった。


 甘美な気だるさを残す身体を起こし、伊勢は制服を整えた。滑塚はというと、すでに何か仕事をしているようで、机に向かってペンを動かしていた。
  「滑塚さん」
 伊勢が声をかけると、滑塚はフッと笑って自分が飲んでいたミネラルウォーターを、“魔手”で目の前に寄越した。
  「悪い、先に帰ってて。今日はちょっと溜め込んでるんだ」
  「…はい」
 伊勢は滑塚に部室に連れて来られた意味が漸くわかった。今日は一緒に早く下校して、自分が一人暮らしする部屋に来れない理由があったのだ。
  「じゃ、俺もう帰ります」
  「おう、気をつけてな。…早く済ませて帰りに寄るよ」
  「…はいっ」
 ちょっと寂しそうにしていた顔が一気に明るさを取り戻す。滑塚はそんな伊勢を目を細めて見送った。


 聖凪高校の周りはほとんど自然だらけだ。環境がいいと言えばそうだが、人通りが無いとい言えばそれも当てはまる。今は放課後にしては中途半端な時間で、下校している生徒は見渡す限りいなかった。
  「伊勢」
 どこからか名前を呼ばれ顔を上げると、向こうのバス停から永井が手を振っているのが見えた。
  「永井!どうした?こんな中途半端な時間に」
  「うん…ちょっと…ね、お前を…待ってたんだ」
  「俺を?」
  「そう…お前を」
 伊勢が笑顔で駆け寄ると、永井はニッコリ笑って伊勢の腕を強くひいて歩き出した。
  「え?何?どうした?」
 永井の行く道は、伊勢が登下校に使う近道だ。大きめの森林公園で、登校時には犬の散歩やジョギングする人をよく見かける。
 なんとなく不安になり伊勢が「永井」と名前を呼ぶと、永井は近くの大きな木に伊勢を押し付けた。
  「…なっ」
 何をするんだと言う前に、永井の顔が近づき唇が重なった。永井のトレードマークとも言える、肩まである黒髪が揺れるのが見えた。目を閉じるということさえ出来ないくらい、不意を食った。
  「滑塚さんと…部室に行くのを…見たよ、伊勢…」
  「…」
  「今日部活は…無いって…聞いてたから…さ」
 永井の黒い瞳は、真っ直ぐに伊勢を射抜く。
  「俺…知ってるよ。伊勢と…滑塚さんが…時々こういうこと…してるって」
 永井は伊勢の上着の裾から手を入れて、腹から胸元を撫でた。
  「っ…おいっ」
 その感触に我に返り、伊勢は永井の腕を掴んだ。
  「どうして…?滑塚さんとは…もっとすごいこと…するくせに…」
 永井は伊勢の耳元でそう囁くと耳たぶを唇で挟み、腕を掴んでいた伊勢の手を静かに振りほどいた。そして、伊勢の下着の中にそっと手のひらを這わせたのだった。


 滑塚は滞りなく書類を作成し終わり、伊勢の待つ部屋の前にいた。
 通路側にある窓から中の明かりは漏れてきているが、チャイムを鳴らしても出てくる気配がない。
  (…?っかしいな)
 ドアノブを回すと軽く回った。鍵が開いているということは、やはり伊勢は在宅なのだ。
  「伊勢?トイレか?入るぞ」
 一声かけながら、滑塚は中に入った。
 玄関から見えるベッドはケットがこんもりとしていて、伊勢が寝ていることがすぐ分かった。
  「おい、どうした、気分でも悪い?」
 滑塚はケットを剥いで伊勢の顔を見ようとしたが、強い力で拒まれた。
  「おいおい。どうした、拗ねてんのか?俺のせい?」
 伊勢はケットを被ったまま首を振る。滑塚はふうと長いため息をつき、苦く笑った。
  (やれやれ…帰りに何かあったか?)
  「…気分が悪くないなら今日は帰るけど。何があったか知らんが、明日はサボらずちゃんと学校に来るんだぞ」
 そのとき、ツンと滑塚のズボンが引っ張られた。伊勢がケットの隙間から指を出してつまんでいた。
  「…一人にしないでください。滑塚さんが帰ったら、俺、明日学校に行かない」
  「はぁ?」
 伊勢は目だけを出して、滑塚に訴える。しばらくお互い無言のまま見つめあうと、滑塚は諦めたようにカバンを置いた。
  「はいはい、わかりました」
 言いながら伊勢の横に寝転び、腕を開いた。
  「滑塚さん…」
 伊勢は滑塚の腕の中に擦り寄り、疲れていたのかすぐに寝息をたてはじめた。
  「どこまで人が好いんだ、俺は。ああもう、敵わないな」
 滑塚は呟くと、自嘲するように笑った。
  「たぶん、…永井だな。だから言っただろう、お前は永井を拒めないって…よ」
 伊勢が素直になれる日まで、あと何度こんなことがあるんだろうとボンヤリ考える滑塚だった。

(2007)



おわり

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