正しいクリスマスの過ごし方

  「てめえ…何やってんだ?」
 いきなりケンカ口調の聞きなれた声に、九澄はびくっと背筋を伸ばした。
  「何って…バイト、ですケド」
 ヘラヘラと笑いながら振り向くと、案の定怒りを露わにした伊勢が立っていた。
  「とぼけんな。そんな格好してりゃ、言われなくてもバイトやってるってこたぁわかるんだよ!」
 伊勢は九澄のお仕着せのサンタ服を、上は赤の帽子から下は黒のブーツまで睨んだ。
  「オレが言ってんのは、何でバイトなんかやってんだってことだ!聞いてねえぞコラ!」
  「…だって言ってねえもん」
 ボソリと呟く九澄の背中に、店主の咳払いが聞こえてきた。
  「あっと…、伊勢兄、文句は後で聞くからさ、今はオレ、このケーキを全部売らなきゃなんねーんだよ。だから…」
 顔の前で手を合わせる九澄に、伊勢はチッと舌打ちして脇の方に避けた。
 しばらく伊勢が横で様子を見ていると、カップルや親子連れが次々にケーキを買いにやってくる。客が途切れると、九澄は声を張り上げて呼び込みをする…ということの繰り返しだった。
 今日は12月25日の夕方。晴れてはいるが、日も落ちかけて気温がぐっと下がってきた。伊勢はジャケットの襟を立て、背中を丸めた。


 2学期の終業式の日、九澄は伊勢にクリスマスパーティーをしようと言った。その時九澄は、24、25日に家の用事があるからパーティーは26日にして欲しいと言った。
 伊勢はイベント事にそれほど興味はないので、絶対に24日じゃなければイヤだとも思わない。それでもせっかく世間が盛り上がっているのに何もしないというのも…と思ったので、あっさりと26日ということでOKしたのだった。


  「あいつ…家の用事だとか言ってたよな、たしか」
 笑顔で子供にケーキを手渡している九澄を、伊勢はじとりと見つめた。
  「伊勢兄!今何時!?」
 急に九澄が振り向き時間を訊ねた。
  「え?あ、ええっと…5時…23分だな。…そういやお前、仕事は何時に上が…」
  「ええっ!?もう5時半じゃん!やっべー…。いらっしゃいませーーー!クリスマスケーキ、もうあとわずかですよー!」
  「聞けよ…!」
 伊勢の突っ込みもむなしく、九澄は大慌てで残りのケーキを売ろうと声を張り上げる。
 6時を少し回った頃、会社帰りのお父さん風の人が来てケーキを買って行った。これで残りはあと一つとなった。
  「伊勢兄、今何時?」
  「…6時45分」
  「やっべーな、一応ノルマあんのに…。ラスト1個って売れにくそー…」
 九澄は最後のケーキを見てため息をついた。
  「何時までだ?」
  「え?」
  「仕事は何時までだ?」
 伊勢は腕を組んで、壁にもたれたまま九澄に問う。
  「7時…だけど、これ全部売らねえとバイト代満額もらえねえんだ…って、そういや伊勢兄って何でそんなトコにいるんだ?」
  「…てめえが文句は後で聞くっつったから待ってんだよ!悪いか!」
 言いながら伊勢はドカドカと九澄の前まで来て、最後のケーキを持った。
  「これ、オレが買う」
  「は?…いいって。まだ時間あるから、絶対売ってやるから」
 目の前につき出されたケーキをそっと受け取って、九澄は伊勢を腕で押しやった。
  「違うよ、別にお前に情けかけてやってんじゃねえ。オレが食うんだ」
  「…一人で?こんなデカイのを?」
  「放っとけ!誰かさんにウソつかれたおかげで、昨日今日と一人でヒマなんだよ!」
 伊勢は怒髪天を衝く勢いで、九澄に噛み付いた。
  「…じゃ、なおさら伊勢兄には売れない」
 九澄はツイ…とケーキを遠くに置いた。
 しばらく2人で「売れ」「売らない」と押し問答をしてる間に、時計台が7時のチャイムを鳴らした。
  「げっ…7時だ」
 九澄は真っ青になって、伊勢の腕を掴んで時計を確認した。
  「だからオレが買うっつってんだろ。いい加減売りやがれ」
 伊勢がケーキを掴むと、九澄はその手首を掴んだ。
  「…伊勢兄が買ったら意味ねえんだよ」
  「は?何だって?」
 俯き加減に呟いた九澄に、伊勢は顔を近づけて耳を寄せた。
  「オレ金ねえから、バイトした金で伊勢兄に何かプレゼントでも買ってやろうと思ってたんだ…。だからコレを伊勢兄が買ってバイト代満額もらっても意味ねえんだ…」
  「お前…」
  「あの、すみません…ケーキってまだ残ってます?」
 その時小走りでやってきた若い女性が、サンタ服の九澄に尋ねた。
  「あっ、は、はいっ」
 九澄が笑顔で顔をあげると、伊勢が口を挟んだ。
  「すいません、オレがたった今最後の1個買っちゃったんで…」
  「なっ…!」
  「あ、そうですかー」
 女性は少し残念そうな顔をして去って行った。
  「なんで…!」
 九澄が文句を言おうと伊勢に向き直ると、伊勢は有無を言わせない口調で言った。
  「やっぱ、コレはオレが買う。そんでお前はバイト代で鍋の材料を買って、今からオレんちに来い。…随分、体冷えただろ?」
  「……わかった」
 九澄は諦めたように言うと、
  「じゃ、コレ着替えて来るわ。もう少し待ってて」
 と、赤い帽子を脱いだ。


  「鍋、何にする?カニとか…ちゃんこもいいな」
 伊勢が言うと、九澄は伊勢に抱きついた。すっかり冷たくなった伊勢の耳に、九澄は温かな唇をそっと押し付けて囁く。
  「オレ、伊勢兄が食いたい。鍋を食うよりもカラダあっためてやんぜ…」
  「て……てめえ、調子に乗るんじゃねえ!」
 言葉とは裏腹に、伊勢は面映げに頬を緩めるのだった。

(2008)



おわり

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