あり、か?

  「きゃーっ」
 女子社員の甲高い声が企画室に響く。途端、ズズズ…という物が滑るような音がした。
 声にはっとした手塚がそちらを見ると、販促物が傾いていて両手に資料を持ったまま、肩でそれを押さえている女子社員が目に入った。
  「倒れるよ!」
  「ちょっとこっち持って!大丈夫!?」
  「先にこっち押さえて!これ壊れたらヤバイ!」
 近くにいた者が次々に駆け寄り、倒れそうな販促物たちを押さえた。
  「手塚も来てお願い!」
  「あ、はいっ」
 パソコンに向かって作業していた手塚は、イスから少し腰を浮かせ、そっちをチラチラ見て気になりながらも画面を操作していた。しかしついに名指しで呼ばれて慌ててマウスをクリックすると、斜めになっているスチールの方に急いだ。





  「そんな…!」
  「いえ、ですが…」
 ホテルのフロントは少し困った様子で、しかし丁寧に対応してくれる。手塚はフロントデスクに身を乗り出すようにして、珍しく声高に話していた。
  「お客様の方からダブルのお部屋をご用意するようにご予約が入っておりまして…」
  「何かの間違いじゃないですか?すいません、もう一度だけ確認してもらえませんか?」
  「…手塚、そう大きい声出しなさんな」
 仁王は、今にもデスクを乗り越えそうな手塚の肩を掴んで宥めた。
  「ご予約後すぐに確認メールをお送りしてると思うのですが…」
 そう言ったフロント係は、念のためもう一度端末の画面を操作し始めた。
  「確認………?…ぁ」
 手塚はその単語を聞くと、何かを思い出したのかはっとして、ゆるく曲げた右手の人差し指の背を口元に持ってきた。
  「何か思い出したのか?」
 仁王は小さい声で手塚の耳元で尋ねた。
  「…あの時、だ」



 販促物が倒れそうになって、押さえに行った時。



 手塚は部長から仁王と二人で出張を言い渡されていた。
 出張の手続きといえば、普通総務が新幹線や飛行機のチケットなどを手配するのだが、今回は部長が急に言い出したことだったので、部署の方で処理し後日清算することになった。そして、仁王があいにく外出していたので、手塚がさっそく手配していたのだが…。
 二人で泊まりがけの出張に行く場合、よほどのことが無ければ宿泊するホテルの部屋はツインを使うことがこの会社では普通だった。しかし、手塚は予約する際パソコンの前で非常に迷っていた。
 手塚の気持ちとしては、シングルを2部屋予約したいところだった。が、そうすれば、仁王と二人になることを自分がものすごく意識していると思われるようで少し癪だ。いつも通り仁王は恬淡たる態度でいるかもしれないが、こういうことにだけはえらく反応し、からかうようなこと―――早い話が、キス―――をしてくる…ということを、最近身を以って知った。
 やはり慣例通りツインを予約したほうが無難だろうか、それとも…などと考えあぐねているその時、「きゃー」という声がしたのである。
 手塚は、販促物を押さえて潰されそうになっている女子社員を見て慌てて部屋のタイプを選ぶプルダウンメニューをクリックした。そこで名前を呼ばれ、イスから腰を浮かせつつ、OKボタンを押して、送信。
 その後確認メールが届いていて、日付と人数をさっと確認したのはしたが、いつも通りの文面だとタカをくくって細かいところ―――例えばチェックインの時間とか―――まではチェックしなかった。
 それよりも手塚は、仕事とはいえ仁王と同じ部屋でまたあの日のように、一晩一緒に過ごすことの方が気になっていた。





 仁王が舌を絡めてくる音、唇を優しく吸い上げる音が身体の中に流れ込んできて、耳に響く。
 たかが耳をふさがれているというだけなのに、仁王は自分の上に圧し掛かっていないどころか押さえつけてもいないのに、まるでシーツに縫いとめられたかのように身体が動かせない。仁王が仕掛けるキスを受け入れているつもりなどないのに、これではまるで無抵抗みたいでいけない。
 仁王の唇の感触が思いもよらない熱を全身に生み出していく。
 甘い匂いに包まれて蕩けそうな気がするのは、仁王のベッドに寝ているからだ。頭がぼうっとするのは、まだ酒が残っているからだ。仁王の事しか考えられないのは、耳の中にキスの音が響いているからだ。それ以外特別な理由なんてあるわけがない。
 仁王の首に回されたままの手塚の腕は、やはり動かせるはずもなく仁王の髪を痺れる指で掴むのが精一杯だった。まるで髪の毛に縋りつくように、何度も何度も指を曲げたり伸ばしたりした。力が入らない今の手塚にはこれがやっとのことだった。
 ゆっくりと仁王は唇を離し、至近距離で手塚の顔を月の光を宿した強い視線で見下ろした。薄暗い部屋で手塚は口づけで濡れた唇を少し噛み、悔しげな表情の中にも照れくささを感じさせる目をして睨み返してくるのが見えた。
  「……。お、わ、り。コレは今日の宿代ということで。んじゃ、おやすみっ」
 仁王はそう言って、ぱたっと手塚の隣に仰向けに寝転んだ。
  「…や、宿代ぃ?」
 急に色褪せたような気持ちになって、手塚は肘をついて身体を少し起き上がらせた。仁王は目を閉じたまま面倒くさそうに「うん」というと、これ以上は干渉するなとでも言いたげに寝返りをうち、背中を向けた。
 信じられない…!宿代って…今の……キスがか!?
 手塚はキスと宿代が世間では等価なのかという疑問もわいたが、何より仁王がキスを止めたことに醒めた気持ちになったのが怖くなった。自分はキスを拒んでいたはずではなかったのか。これ以上はやってくれるなと思っていたはずではなかったのか。
 何だか分からないけどものすごく頭にきて、今から家に帰ろうかと思ったが、仁王に聞かなければここがどこかも分からないし、時間的に電車ももうない。仕方なく仁王に背中を向け頭からケットを被った。
 しかし手塚は今のことで一気に酔いが醒めてしまって、結局それ以降なかなか寝付けなかった。






  「恐れ入ります、お客様。ええ…っと、やはりお客様の方でダブルのお部屋指定をされていらっしゃいますね…。あの…あいにく本日は連休前という事もありまして……」
 フロントは少々気の毒そうに語尾を濁した。その後に続くだろう言葉は、きっと「このままで」とか「変更できない」といったような言いにくいものでしかないのだろう。
  「じゃ、仕方ないんで、とりあえずチェックインしてください。いろいろすみませんでした」
 肩を落としうなだれている手塚に代わり、さっきからワケが分からず傍観していた仁王が前に出た。
  「この後にも予定があるんだし、ここでこれ以上時間取れんからのう。また夜までになんとかすりゃあいいぜよ。ほら、さっさと行きんしゃい」
 仁王は手塚の荷物も一緒に持って、ショックで動けない手塚の尻を、膝でエレベーターの方に押した。





 れんがの路地を少し歩くと、仁王の友人の店がある。なんでもその友人は父親がブラジル人で、ブラジル料理を食べながら本場のサンバを見ることができる店を経営しているらしい。営業部にいた頃、こっち方面に出張した時はよく寄っていたそうだ。
  「ジャッカルは、柳生と一緒で昔からの友達」
 仁王は歩きながら簡単に友人―――ジャッカルというらしい―――との関係を手塚に教える。こうして仁王の旧友に会うと、少しずつだけれど仁王のことが分かってくる気がすると手塚は聞きながら思っていた。仁王は同期だけれども自分のことはほとんど話さない男だから、どこか風来坊のようなイメージがあった。
  「んで、メシ食ったら、今夜は俺ジャッカルんちに泊めてもらおうと思ってるから」
  「あ…」
 ごめん、と手塚は謝った。あの後手塚がソファで寝るとかなんとか言い出して、結局決まらないまま夜になってしまったのだ。
  「あーもう気にしなさんな。あ、ここ、ここ〜」
 異国のムードたっぷりの店が仁王の指の先にあった。音楽が店外の小さいスピーカーから流れている。重いドアを開けると、正面にドラムセットが見えた。
  「いらっしゃい!」
 笑顔で迎えてくれたスキンヘッドの男性に、仁王は手を挙げて挨拶した。この褐色の肌の男が、さっき仁王が言ってたジャッカルという男なのだろう。
  「おおー仁王じゃないか、久しぶりだなぁ!またこっちに出張か?」
 ジャッカルは、手塚と仁王を店のちょうど中央に位置するテーブルに連れて行った。そのテーブルに置かれていた【RESERVED】と書かれたプレートを取ると、ジャッカルはイスを引いてくれた。





  「……」
 仁王は目の前に繰り広げられる光景を、未だ受け入れられずにいた。
  「仁王も来い!」
 目が合うと手塚が叫ぶ。仁王は苦笑って首を横に振り、手のひらを左右にヒラヒラさせてお断りの態度を見せた。
 そう、手塚は目のやり場に困るような本場の、胸も尻も露な衣装を付けた踊り子の女性に半ば無理に引っ張って行かれ、ドラムの正面で彼女たちに教わりながら、一緒にぎこちなくサンバのステップを踏んでいた。
 生バンドの演奏と本場のサンバのショーを見せるのがこの店の売りだが、それと同時にその場のノリで客を引っ張り出すのも売りだった。酔客は喜んで参加し、いい汗を流してストレス発散とばかりに踊る。
 仁王と手塚には、特にジャッカル―――つまり店主―――の客ということもあってか、踊り子たちのサービスは過剰なように感じた。
 食事をし始めて30分程経った頃ショーは始まった。食後の酒を楽しみながらしばらく演奏や歌に聞き惚れているとサンバが始まり、孔雀の羽というよりも鳳凰レベルの色とりどりの羽を、頭や腰に付けたスタイル抜群の外国人の女性が数人現れた。踊り子たちは代わる代わる順番に何度も手塚と仁王を誘いに来た。もちろん他のテーブルに座る客も誘いに行く。
 しかし、まさか手塚が踊り子に引っ張って行かれるとは。油断もいいところだ。
 普段はどのくらい演奏が続くのか知らなかったが、明らかにいつもよりも余計にやっております、という雰囲気がした。従業員にとって、仁王と手塚はやはり大切なお客様であるからだろう。
  「ん?待てよ……あいつ、もしかして…」
 仁王はふと思いついて眉を寄せ、手塚をもう一度見た。





 仁王はホテルのドアを空いている方の肩で押す。もう一方の肩は、手塚を抱えているからだ。ホテルのフロント係が、二人の様子を見て一瞬こちらに出て来るような素振りを見せたので、仁王は大丈夫という意味合いを込めて手のひらで制した。
 仁王が途中で気づいたが、手塚はサンバを踊りながら完全に酔っていた。酔っていたというよりも、酒を飲んだのに体を動かして酔いが回ったというのが正解のようだ。手塚が陽気な酒を飲むということは、先日柳生の店で一緒に飲んだとき知った。それにしても今日はいくらなんでも陽気過ぎた。もっと早くに気づけばよかった。
 フロントでキーを受け取りエレベーターに乗る。部屋のある階まで上がる間、仁王はぐったりとしている手塚を見た。寝ているようだが、顔色はいいので心配はなさそうだった。
  「…ほんっとコイツは世話やけるやっちゃのう」
 仁王は何だか可笑しくなってきて、他に誰も乗っていないのをいい事に声を出して笑った。
 部屋に入るとまずお約束で荒っぽくベッドに手塚を落とす。…が、やはり手塚は気持ちよく寝たままで。
  「さて、今夜はどうするかのう…」
 仁王は手塚が大の字に寝転ぶダブルサイズのベッドを見てため息をつき、緩めていたネクタイを首から抜きながら窓際に向かう。はめ込みの大きな窓ガラスのサッシに腰をかけ、流れて行く車のライトを見下ろした。

 今夜はジャッカルの部屋に泊めてもらうつもりでいた仁王だが、手塚がこの調子なので一旦ホテルに送ってから…、と自分の中で予定を立てていた。ふと気づくとジャッカルは衣装を着替えた踊り子の女性となにやら親しげにしていて、部屋の鍵と思われるものを渡していた。どうやら従業員の女性といい仲みたいだった。こういう場合、渡す鍵といえば男の部屋の鍵だろう。前もって言ってなかったから仕方あるまいと諦めて、泊めて欲しいとは言わず店を出てきたのだ。

  「俺と同じベッドで寝るのが怖い手塚がこの調子だし、ま、いっか、俺は別に気にならんしのう」
 仁王はそう呟いて膝に手を置き勢いよく立ち上がり、バスルームに行こうとした。手塚が寝転んでいる足元を通り過ぎようとした時、不意に手塚がむくっと起き上がった。
  「別に怖くない」
  「へっ?」
 急に起き上がった手塚に怯んだ仁王は、手塚に腕を捕まえられてベッドの方に引っ張られた。
  「わ…っ!」
 いきなりの展開に仁王はバランスを崩し、ベッドに乗ってしまった。
  「起き……っ」
 起きてたのか、と仁王が言い終わらないうちに、手塚が仁王の肩を掴み身体に覆いかぶさった。緩やかにスプリングが跳ね、仁王は手塚に押し倒された。
  「……」
  「……」
 少し赤みのさしている目で、手塚は仁王を見下ろす。特に身じろぎもせず黙って手塚の瞳を見つめる仁王。2,3秒ほどの沈黙、それを破ったのは手塚。
  「こないだ…」
  「ん?こないだ?」
 手塚がゆっくりと話し始めた。仁王の両肩を掴んでいる手には、それほど力が入っていない。仁王は組み敷かれている体勢とは反対に余裕の表情で眉を上げ、口元にはうっすら笑みを浮かべる。まるで幼い子の相手をしているかのような仕草だ。そしてそれは可愛くて仕方ないというようなものだった。
  「こないだ、家に泊めてもらった時……は、宿代と言った」
  「…?ああ、はいはい、キスね。言ったのう、たしか」
  「宿代ではないが、今日の侘びとしては、等価にはならないか?」
 手塚の言葉をすぐに理解した仁王は、目を見開きそしてふきだした。たぶん手塚は、キスが宿代になるのなら、今日の侘びとしてキスを代償にできないかと言っているのだ。
  「やっぱり等価ではないのか?」
 ふきだした仁王を見て、手塚は少し落胆の色を見せた。手塚が真面目に聞いているということを、仁王は確信した。
  「さあどうじゃろ?知らんのう」
 笑いを必死でかみ殺し、目じりに涙を浮かべて仁王は言った。手塚は酔うとこんなに面白いなんて知らなかったと思いながら。きっと朝になったら全く覚えていないのだろうと思うと、仁王はさらに可笑しくなった。
  「ではどのくらい足りないのだろう?」
 手塚はあくまでもキスの等価にこだわる。くだらないことに執着するのも酔った人間にはよくあることだ。酔いすぎたか、今日は絡み酒も若干入っているようだ。
  「ごめん手塚。俺、分からんぜよ」
 仁王は手塚の腕を宥めるようにぽんぽんと叩き、起き上がろうとした。とりあえず適当に相槌を打って、寝かせてしまおうと思った。
  「もう寝んしゃ……んぅ」
 しかし手塚は、起き上がろうとした仁王をそうはさせないとばかりに腕に力を込める。そのまま顔を近づけ、手塚の唇が仁王のそれを覆った。頭を持ち上げかけていた仁王は、驚きのあまりそのままの姿勢で固まってしまった。
 手塚は仁王の肩から手を頬に移動させる。両手で頬を包み込むようにした後、頭を持ち上げていた仁王の後頭部とベッドの間に左手を挿しいれた。頭をしっかりと固定された時、はっと仁王は我に返った。
 手塚の口づけを拒むつもりはない。しかし、だからといってどうすればいいのだろうか。
 手塚とは二度ほどキスをした。それはどちらも自分から強引に仕掛けたもので、“奪う”という言葉がお似合いのキスだった。
 最初にしたキスなんかは笑うくらい酷いもので、手塚は全くと言っていいほど仁王のキスに応えようという気がなかった。もちろんそれは仕方のないことだったと分かっているのだけれども。
 二度目のキスは、キスを止めた時の手塚の反応は悪くなかったが、それでもキスの最中の手塚の態度は受け入れたというには程遠いもので、体とは裏腹にまだ頭が拒んでるという印象を受けた。
 それが今はどうだろう。主導権は完全に手塚が握っている。
 手塚は自ら仁王の唇を求め優しく甘噛みする。手塚のざらついた舌は、乾いた仁王の唇を湿らせるように何度か舐めると入り込み、歯列を割って貪るように仁王の舌と絡めたら柔らかく吸い上げる。こんなに情熱的な切ない口づけを施しながら、さっき頭の後ろに回した左手なんか仁王の髪をくくっている赤い紐を解こうとしているのだ。



畜生
女の好みそうなキスしやがって……!


 仁王は手塚が優しげな甘めのキスをすることに頭の中で軽く毒づいて、紐が解かれたのを合図に手塚の背中に腕を回して抱きしめ、唇を重ねたまま体勢を入れ替えた。仁王の髪がぱさりと、二人の口づけを隠す。
 主導権を握られるキスは年上の積極的な女性を相手にしたときによくされた。決してそれも悪くないけれど、どちらかと言えば仁王は自分が主導権を握るキスの方が好きだった。理由は単純、抱かれるよりも抱きたい。相手が好きならなおさらに。


酔っているヤツに手を出すのは俺のポリシーに反するんじゃけど…


 仁王は体勢を入れ替えた途端、自分の口内にいた手塚の舌を押し返して、自分の舌ごと手塚の口内に入れた。
 手塚の舌を改めて絡め取り、お返しとばかりに吸い上げる。指は耳朶をなぞり髪に差し入れた。お互い息継ぎをするために少しだけ唇を離し、また違う角度で重ねる。そうしてもう一度舌で唇を割った時に感じた。…なんだか手塚の様子がおかしい?
 体勢を入れ替えた時に首のところに巻かれていた腕は力なく落ち、さっきまで主導権を握っていたとは思えないくらい、唇にも力がない。
  「…?」
 仁王は不思議に思い、唇を離してまじまじと手塚を見た。
  「な…!寝てるっちゃコイツ……!」
 やられた、と仁王は体を起こした。
 はぁぁぁ…と深く長いため息をつきながら、長めの前髪に指を挿しいれ額を押さえると、胡坐をかいた膝に肘を置いた。顔を下向けたままチラと手塚を見ると、左手の指に仁王の髪をくくっていた赤い紐をしっかりと巻きつけ、実に幸せそうな顔をして眠っている。仁王は手塚の鼻をつまんで、ちぇと舌打ちした。そしてベッドから降りバスルームに向かった。
  「くっそー…マジでヤバかったナリ」
 ぶつぶつひとりごちながら、バスルームのドアを足で蹴り開ける。面映く緩んでいる自分の顔が、ドアを開けてすぐの洗面所の鏡に映った。胸の奥にくすぐったいような感覚がある。
  「追いかけるのは俺の主義じゃないぜよ。…BANG」
 鏡に映った自分に、左手でピストルを作り撃つ仕草をした。
  「そだ。悔しいからなんかイタズラ仕込んで寝よっと」
 仁王は、どんなイタズラを仕込めば明日の朝起きた手塚が驚くだろうかと考えて、ウキウキしながら勢いよくお湯を出した。


(06.7.9)




おわり


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