scene 214 ; lovers day

 手塚の部屋のあるビルの一階に、仁王の経営するケーキ屋がある。手塚が仕事から戻ると、もう店のシャッターは閉まっていたが、まだ奥の作業場に電気が点いているのが見えた。おそらくバレンタインデーに納品する予定のチョコレートのお菓子がたくさんあって、まだ仕事を終えてないのだろう。勝手知ったる何とやらで、作業場のドアの方から顔を出してみた。
  「…まだ仕事か?」
  「う…わっ!…なんだ手塚か、ビックリさせるな。手元が狂うじゃろ」
 仁王は、大きな泡立て器を振り回して口を尖らせた。
  「すまん、そんなに驚くとは思わなかった。…何か手伝ってやろうか?」
 手塚は驚かせたことに申し訳なさそうに笑いながら、中に入って来た。邪魔にならなさそうなところにバッグを置いて、上着をその上にかけた。
 手塚はそれほど器用じゃないが、仁王がお菓子を作るのをよく見ていたし、技術を必要としないことくらいはできそうだと思った。
  「いつもなら断るとこじゃけど、今日はそうも言っておれんし、頼むわ。さっき急に注文が入ってのう、お得意様じゃけん無理きいてしもた。そこにかかってるエプロンして、手を洗って消毒して、冷蔵庫から卵を出して全部割ってくれ」
 仁王は言いながら、作業台の端に重ねてあったボウルの中で一番大きいのを寄こした。
  「殻は入れんなよ」
 にやっと笑って仁王が言う。
  「お前は一言余計だな」
 冷蔵庫の中を覗きながら、手塚は笑った。






 手塚は仁王の足を引っ張らず、とりあえず手伝いとしての役目を果たした。注文の品はすべて調い、後は冷まして包装するだけとなった。
  「じゃ、適当に片付けて今日は仕舞いじゃ」
 仁王はふうと息を吐き、手塚の方を向いた。
  「仕事の帰りだったのにすまんかったのう」
  「気にするな。結構楽しませてもらった」
 手塚は子供っぽく笑う。時々仁王が自宅で作るお菓子の手伝いをすることはあるが、商品としてのお菓子に手を出したのは初めてだったので、本当に楽しかったのだ。とはいえ、卵を割ったり生クリームを計量したりというだけで、それほど凄い事をしたわけではなかったけれど。
 楽しそうに話す手塚を見ていた仁王は、手塚の頬にそっと唇を寄せた。
  「本当に助かった。ありがとな」
 腰を抱き、頬から唇にキスを滑らせる。顎を少し突き出し、手塚もキスに応える。背中に腕を回し、ふらつかない様に仁王に体を預けた。柔らかい仁王の舌が唇を舐めると、入って来やすいように少し口を開いた。
 一頻り手塚の唇を味わったら、仁王は手塚の背を作業台の方に向けて、体を持ち上げ座らせた。開いた手塚の足の間に体を置く。
  「売り物ばっかり作ってて、自分の分を作り忘れてたぜよ」
  「ん?」
 仁王の言っている意味が分からず、手塚は仁王に眼差しで問いかける。
  「お前の分のチョコ」
 言って仁王は手塚のベルトをさっさと外し、ファスナーを下ろした。
  「お、おいっ」
 手塚は慌てて仁王の手を押さえるが、そんなことお構いナシに仁王はどんどん服を乱していく。こうなった仁王をもう止める事はできないと感じた手塚は、思わずさっき自分が入って来たときに裏口の鍵を閉めたかどうか想起した。
  「大丈夫、鍵は閉まってたぜよ〜」
  「…」
 手塚の考えてることがお見通しのようで、仁王は楽しげに続けた。
  「他に何か気になることはございますか?」
  「……ない…です」
 諦めた手塚にもう一度キスしながら、仁王は肌蹴けさせたシャツの間にそっと手を入れ胸元を撫でた。鎖骨を指先で辿り、小さな胸の突起を中指の腹で転がす。僅かに零れた手塚の甘い吐息を感じて、仁王はさらに深く唇を重ねた。舌をねじ込み、手塚の口腔深くかき回した。再び唇を離した時、瞳を潤ませ手塚が言う。
  「…気になること、あった」
  「へ?何?」
 ここまでしておいて駄々をこねるつもりなのかと、仁王はクスリと笑った。
  「さっき言おうとしてて、忘れてた。チョコクリームが余ったからどうしようかって聞きそびれて、そこに置いたままにしてたんだった」
 手塚の指差す方を見れば、たしかに銀色のボウルがあった。さっき仁王が生クリームにココアを混ぜるよう、手塚に頼んだものだった。
  「ナイス手塚。よぉ思い出した」
 仁王は手を伸ばしそのボウルを取ると、掬うためにそえてあったスプーンで中身を寄せた。スプーン2杯分ほど残っていて、それを一匙仁王は自分の口にほおばった。
  「んまい」
 仁王は親指を立てて見せ、さらに残りを口に入れた。自分の作ったものを褒められて、何となく手塚は嬉しくなった。その次の瞬間、仁王は手塚の腰を掴み固定すると、下着をずらして勢いよく飛び出た手塚自身を口に咥えた。チョコクリームを口にほおばったままの状態で。
  「ふ…ぁ……っぁ!」
 ぬるっとしたクリームの感触に、手塚は腰を引こうとした。しかし仁王は腕に力を込め、手塚の動きを封じてしまった。
  「そっ…そんなことす…っ…ひぁ…っ」
 仁王の口の中で温まったクリームは、手塚自身にまとわりつき茎全体を包み込むように覆う。いつも仁王が咥えた時に出来る空間みたいなものは全てなくて、妙な感触だった。女性器に挿入した時の感触に少し似ているような気がした。
 しかし、それとは明らかに違う快感がそこにはあった。仁王が頭を前後させながら舌先で手塚の鈴口を突いたり、茎の裏筋をしつこく辿ったりするのだ。先端の小さな穴に舌を入れられ急激に射精感が迫り、手塚は仁王の髪を掴んだ。
  「仁…おっ…は、離れ……っ」
 そのとき仁王は、手塚の奥にある入り口に指先を沿わせた。仁王の唾液と共に流れ落ちたクリームがそこを濡らしていて、第一関節まで難なくヌルリと入った。もう片方の手で手塚の腿の裏を持ち上げ、そこが露わになるようにした。そして指を深く挿入し、ぐるりと回転させると、手塚は堪らず仁王の口の中に吐精してしまった。





 仁王の熱が手塚を貫く。窮屈な入り口から最奥に向かって襞をなぎ倒すようにして進む。
  「ぁぁぁぁ…っ」
 作業台に肘を置いて手塚は喘ぐ。仁王が手塚を突き上げる度に、目の前にある調理器具が揺れて金属的な音をたてた。
  「…っ手塚…っ、こっち…向きんしゃい」
 仁王は手塚の背中から囁く。手塚はそれに応え、顔を後ろに向けた。仁王は手塚の顎を支え、肩越しに唇を重ねた。どこにあったのか、仁王は小さいチョコレートの欠片を手塚に口移しした。唾液と共に融けたチョコが唇の端から零れていく。
 繋がった部分からも、乱れた髪からも甘い匂いが零れる。ふたりの熱はまだ冷めることはない。



(07.2.16)



おわり


Copyright © 2007 上月ちせ. All rights reserved.