長い夢の途中

 深夜赤信号で停まっていると、歩行者道路脇にあるポールのようなものの上に、ちょこんと座っている人を見つけた。
  「あん?なんだありゃ?酔っ払いか?」
 ミッドナイトブルーの外国車のドライバーズシートからなんとなく見ていると、見知った者のように思い窓を開けてみた。
  「……」
 信号は青に変わったが他に車はいなかったので、そのまま首を出して少しでも近づいて見る。
  「…やっぱり」
 車を脇に寄せて停めて降り立ち、その人にゆっくり近づいた。
  「手塚?」
 その人は声の方へくるうりと顔を向けた。
  「…あ、跡部か?」
  「あーん、お前酔ってんのかよ。なぁにしてんだ、こんな時間にこんな所で。…乗れよ、送ってやる」
 スーツのポケットに手を突っ込んだまま、顎で自分の車をくいっと指した。
  「ったく、久しぶりに会ったってのになんてザマだ、てめぇ」
 跡部は車を発進させると呆れたように言った。
  「すまん、助かった。かばんごと落としたようで、財布も携帯もなくて困っていた」
 跡部はフッと笑うと、長い指で前髪をかきあげた。
  「今日はもう遅い。オレのマンションがそこにある。泊まっていけ」
  「でも…」
と手塚が言うと
  「どうせ鍵もねーんだろ?気兼ねはいらねえ。いわゆるセカンドハウスだ。今日みたいに遅くなった日はそこに行くんだ」
 2分程すると、ホテルのような造りの建物に到着し、跡部が何かを操作すると静かにシャッターが開いた。
 車を停め、ほの暗いエントランスに入ると手塚は内装を見て
  「ホテルみたいだな」
と感想をもらした。
  「ホテル仕様に造ったらしいぞ?」
 跡部がまた何かを操作すると、勝手にドアの開いたエレベーターは勝手に最上階に二人を連れて行った。


  「ふん。ぴったりじゃねーか。若干すそが短く見えるのが癪にさわるがな」
 シャワーを浴び、スーツから跡部に借りた服を着てリビングに入って来た手塚を見て楽しげに言うと、跡部は入れ違いにバスルームへ向かった。
  「冷蔵庫勝手に開けていいから、好きなもの飲んどけよ」
  「ああ、ありがとう」
 跡部がドアの向こうに消えると、手塚は白いシャツのビラビラした所をつまんで眉を寄せた。
  「これは…パジャマ…だよな?」
 部屋を見回すと、大きなテレビと大きなソファー、それに見合ったガラスのテーブル。夜景の見下ろせる大きな窓のそばには、バーカウンターまであった。
 酒を飲んでいるせいか、ひどく喉が渇いて冷蔵庫を開けた。
 もちろん開ける前には「失礼する」と一言言って…。
 ドアポケットにミネラルウォーターがあったので、迷わず一本取り、蓋を開けながらカウンターのスツールに腰掛けた。ぼんやりと蒼い夜景を眺めていると、ドアが開いて跡部がバスタオルで髪を拭きながら入って来た。
  「水、もらったぞ」
  「なんだ、水なんか飲んでんのか?ちょっと付き合えよ」
 跡部は、氷とグラス二つをカウンターに持ってきて慣れた手つきで水割りを作り、手塚の前に一つ置くと、乾杯のつもりかカチンと自分のグラスを当てた。
  「仕事うまくいってるみたいじゃねーか、あーん?」
 手塚はグラスをちょっとあげて
  「まあな」
と言って一口飲むと、眉をしかめた。
  「…濃いぞ、これっ」
 手の甲を口にあて、飲みかけの水を入れ薄めてしまった。
  「貴様、酒弱ぇーのかよ?そういや、かばんを落としたとか言ってたな。覚えてねーのか?」
 手塚の横に座りながら、跡部は相変わらず偉そうに聞く。
  「途中まで覚えてるんだが、いつからかばんを持ってなかったか…思いだせん。お前に声をかけられたとき、ちょっとウトウトしてたしな」
 手塚はバツが悪そうに、でも世話になってる身なので一応話すべきだというようにはなす。
  「ふん、俺様が気付いてよかったな。明日、警察に届けろよ」
 跡部はもう一杯水割りを作った。
  「眠たいか?手塚」
  「いや、さっきウトウトしたのとシャワーを浴びたのでだいぶマシだ。少しくらい付き合えそうだ」
 肩をすくめて言う手塚を見て、跡部はフッと笑うと前髪をかきあげた。
 跡部の黒いビラビラのついたシャツを見て、手塚は自分の着ているものと色違いかな、と思った。酔っているせいでトロンとした目で見ていると、視線に気付いたらしく跡部も手塚を見つめ返してくる。
  「あん?どした」
  「いや、色違いかなと思っただけだ。違うか?」
  「ふん、デザインが気に入ったんで二枚とも買ったんだよ」
  「デザインが…?」
 手塚は改めて自分の着ているシャツのビラビラした所とか、カシュクールになっている前の部分とかを見た。
  「貴様は白が似合う…」
 低い声で言い、目を細めて手塚を見た。
  「綺麗になったな」
 グラスを持っていたため、冷たくなった人差し指で手塚の唇をなぞった。
  「男に言うセリフではないな」
 手塚は笑うと顔を背けた。
 その時ヴヴヴ…という、携帯のバイブと思われる音が聞こえた。二人は一瞬目を合わせたが
  「絶対に俺様のだな」
とからかうように笑って、スツールから立ち上がり
  「こんな時間に誰だ」
と少々不機嫌な口調でつぶやいた。
  「ああ、俺だ、どうした?…ああ?…そうか、わかった。…いやいい、取りに行く。…ああ。おう、お疲れ」
 通話を終えると、跡部はくっくっと笑ってスツールに座った。
  「おい、かばん見つかったぞ。俺様の会社の経営する店だ。お前、はなっからかばんを持たずに出てきたみてーだな。中身を確認したら、お前の免許証がでてきたらしい。『社長の旧友の手塚さんではないですか?』だとよ」
  「そうか…よかった」
 安心した表情の手塚を見て、跡部はふんと笑った。
 跡部はカウンターに頬杖をついて、覗き込むように手塚の顔を見ると、もう片方の手で手塚の髪をそっと梳いた。
  「思い出しちまったぜ。お前だけしか見えなかった、ガキの頃を」
 手塚は跡部の方を向こうと顔を動かしたら、髪を触っていた跡部の手に唇が当たった。
  「ふん、誘ってんのか?」
 違うと言おうとした時、跡部の唇で唇を塞がれた。
 言葉を発しようと口を開きかけていたため、あっさりと跡部の舌は手塚の口内に進入を遂げる。手塚は逃げようとしても追いかけてくる跡部の舌の動きに、いつしか逃げることをやめ求めていた。
 甘い痺れが体中に駆け巡る。
  「俺様と貴様はこうなる運命だったんだよ」
 命令し慣れた低い声は甘さを含み、抱きしめられた胸からは自分と同じ匂いがした。

(2004)


おわり



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