跡部と再会した夜、成り行きで体を重ねてから、時々手塚はあの部屋に行くようになった。跡部はしきりに「オレのものになれ」と繰り返すが、のらりくらりとかわしたままである。
それでも跡部は、自分に自信があるのかかわされたままで、手塚と食事をしたり部屋に泊めたり…スペアキーを渡して部屋を自由に使うことを許可しているのである。
最近では二人とも、自宅に帰る方が少なくなってきている。部屋にも手塚のものが増えていた。
といっても、歯ブラシと数着の着替え…すべて跡部が用意したものだが。
仕事が一旦きりのいいところで、手塚は跡部に連絡をした。もし今日に限って、自宅に帰ってしまっては意味がない。誕生日なので、大人になったとはいえこの日くらいは両親と過ごすかもしれない。
会社のパーティは、週末にあったと聞いているが。
「跡部か?オレだ」
―――「ふん、どうした?お前からかけてくるなんて珍しいじゃねーか」
「今日は部屋に行くか?」
―――「………ああ。遅くなるかもしれねーけど。ていうか、遅くなった時に行くんだがな」
「遅くなってもかまわん。仕事はちゃんとやれ」
―――「あーん?お前に言われなくてもやるよ」
「じゃ、あとで」
―――「おい、なんか言い忘れてないか?」
「……あとで、な」
手塚は跡部が次の言葉を言い出す前に、さっさと切ってしまった。
サプライズもばれたかもしれない、と思いながらも心のどこかでそれでもいいかという思いもあった。
思惑通り、仕事はいい時間に終わりそうだった。今日済ませるべき自分の仕事は済んだので、オフィスを部下に任せ、ビルのパーキングに預けてあるミスティブルーの車に乗る。
デパ地下では、空腹にまかせかなりの量を買い込んだ。これでケーキも揃うと、かなり豪勢なテーブルになりそうだ。
跡部のマンションは、一度キーをかざすとその住人の情報を読み取り、勝手に来たエレベーターは勝手にその人の住む階へ連れて行ってくれる。両手いっぱいに荷物を持ったこんな日には、とてもありがたい。手塚は、こんなもの不必要だと常々思っていたが、なるほどとてもありがたいものだと今頃感心する。
部屋へ入ると、さっそく準備の開始だ。
こんな子供じみたことをするのは、もしかすると生れて初めてかもしれない。これを見たときの跡部の顔を想像するだけで、不思議と気が逸ってくる。
ほとんど準備ができたところで、手塚の携帯が鳴った。
―――「もう、居るのか?」
「ああ」
―――「そうか。…悪いがトラブルだ。今日は帰れそうにないかもしれない。先に寝てろ」
「…大変だな。トラブルなら仕方ない。早く解決するように祈っててやる」
―――「……っ…」
「え?跡部?」
―――プープープー…
「感度が悪いところにいるのか…」
手塚は、用意したテーブルを見てため息を吐いた。その時、また携帯が鳴る。
「はい」
―――「悪ぃ、切れた」
「そんなことはいい。早く仕事に戻れ」
―――「なんだぁ?俺様が遅くなるって言ったら、少しはガックリしやがれ」
「え?」
跡部の声が二重に聞こえた、と思ったらリビングのドアがかちゃっと開いて跡部が入ってきた。
跡部を見て驚く手塚と、手塚の用意したテーブルを見て驚く跡部。
「今日は帰れないんじゃなかったのか?」
手塚は、眉を寄せて跡部を睨む。跡部はそんな手塚を見て、呆れたように苦笑すると、スーツの上着を脱ぎソファーへ投げた。
「上着を投げるな。ちゃんとたため」
「昼にあんな電話もらって帰らねえわけねーだろ。必死こいて終わらせてきたぜ」
ネクタイの結び目に長い人指し指を引っ掛けて左右に振って緩めて抜くと、シャツのボタンを2つ外した。
「お前は恋人に会えないと、寂しくないのか?」
跡部の言っていることが、自分の質問に答えていないような気がした。きっとこれには深い意味があるのだろうと思い、手塚は考える。
「恋人に会えないと寂しいかもしれんな」
「……お前分かって言ってるか?」
跡部がさらに呆れてイスに座った。テーブルの料理を指差して、これは?というようなそぶりをした。
「あ、そうだ。お前の誕生日を祝おうと思って用意したんだ」
手塚は手をポンと叩き、キッチンに行った。跡部は手塚に見えないように、ふっと苦笑する。
俺もヤキが回ったか…。
買いすぎたと思った料理はほとんど無くなった。時刻はまだ「今日」だ。
「跡部、ケーキもあるんだが…食えるか?」
「う…マジかよ?…せっかくだ、出せよ、食ってやる」
手塚がケーキをテーブルに置いたとき、手塚の右手の人差し指にクリームが付いた。跡部は目ざとくそれを見つけると、手塚の右手首をつかんで人差し指に付いたクリームを舐める。
「うまいな…」
「そうか、それならよかった。どのくらい切る?」
「ケーキは後にしないか?」
跡部がもう何もついてない指を舐める。口の奥まで指を銜え、吸い上げるようにして。
「……っ」
いつも跡部が手塚の性器を舐めるときにする仕種だった。跡部の表情を見たら、怖いくらい一気に体が反応する。
「ベッドに行くか?それともここでする?」
「…お前の好きなように…今日は誕生日だからな」
跡部は、目を見開く。
「はっ…今日は本当にサプライズだな…!」
そ う言うと立ち上がり、手塚の手を引っ張ってベッドルームに連れて行った。
手塚はベッドの縁に座り、跡部の指示を待つ。
「服を脱いで横になれ」
手塚は頷き、シャツのボタンを外し始めた。跡部は部屋から出て行ったと思うと、ケーキを持って戻ってきた。
「ここで食うのか?」
鈍い手塚は、ベルトを外しながら聞く。
「お前も食うか?」
「……?ああ、もらおうか」
「じゃ、まず俺様がいただくか…」
跡部はにやりと口の端を吊り上げて笑うと、手塚の胸元にクリームを付けた。
「わっ!何をするんだ!」
手塚は、跡部がその胸元のクリームを舐め始めたのを見て、ようやくこれから起こることが分かった。
「ぁぁぁっ……」
生クリームまみれのぬるっとした跡部の指が、手塚の入り口を探った。ぐちゅぐちゅにかき回されて、体中が痺れてくる。跡部はケーキの上に乗っていたイチゴを口に銜えると、手塚に口づけた。
「ん…」
「ん…ふっ…」
跡部と手塚は、甘いイチゴを口の端から雫を零しながら噛み潰す。ほぐれた手塚の入り口に、跡部は自身を一気に押し込んだ。
ぐちゅ…ぐちゅ…と跡部が進んでいく。
甘い匂いが部屋に充満する。
「本当にお前というヤツは…」
手塚はぬるめのお湯で泡を流しながら、苦笑した。バスタブの中の跡部は上機嫌で口笛なんか吹いている。
「貴様だってけっこう楽しんでたじゃねーか」
跡部はにやにやしながら悪びれず言った。
「食べ物を粗末にするな」
手塚が泡を流し終わったのを見ると、跡部は手塚を自分の方に呼ぶ。大きいバスタブは、二人で入っても充分な広さがあった。
跡部は手塚をミルク色のお湯の中で抱きしめる。そして、バラードのような低い声で切なく囁く。
「25だ…俺もお前も。…引き返すなら今かもな…」
まるでジェットコースターの一番前に座っているような気がした。今はさしずめゆっくりと出発して、墜ちる前に一度がしゃんと止まるところだろうか。
目の前には大きい空だけが広がり、下界の声は遠くに聞こえる。
これからどんな風に墜ちていくのだろうか……。
心の準備はできているか?
(04.10.4 )
おわり
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