焼けた砂
緩やかに弧を描くビーチ
眩しい陽光
どこまでも続く紺碧の海
あの衝撃の会見の翌日から、大変なことになっていた。といっても、跡部の発言が株や外貨に影響したとかいう類の話ではない。
跡部と手塚のかつてない美形カップルに、日本中の女性が食いついたのである。連日のようにワイドショーで二人の顔が出るので、芸能人でもないのに顔は知れる。
その上、跡部のあの会見はしつこいくらいに何度も流れ、手塚まで超有名人になってしまった。このご時勢、そういったカップルにも市民権があるのか。今や韓国のスターなんか目じゃない。「ケゴ様」「ヅカ様」と勝手な呼び名で呼ばれる。
もっと驚いたことに、跡部の父、つまり社長のファンクラブなども発足しているらしい。
とにかくとんでもないうれしい誤算で、跡部の会社も手塚の会社もうなぎのぼりの業績。それは大変なことになった。
「どうだ?日本にいるよりよかっただろう?」
跡部がデッキチェアに寝転ぶ手塚に声をかける。
「ああ…お前のせいで散々だった」
手塚は責めるようなセリフとは裏腹に、笑いながら言った。
漂うココナッツのにおい。
ここはハワイ。今いるのは跡部の別荘に隣接するプライベートビーチだ。本当に二人だけしかいない。
空を映したような色の海。
昨日までの忙しさがウソのようだった。
先の理由で手塚の仕事は多忙というか、もう手がつけられない状態になり、もういっそ早々と正月休みをしようということになった。
さすがO型である…?
跡部の方は、思わぬ成績を残しもう社内では誰も何も言えなくなった。
昨日は疲れていたので、到着してからほとんど一日ぼんやりとすごしてしまった。今日はとりあえずビーチに出ようということになり、こうしていた。
「日焼け止め、塗った方がいいんじゃねーか?」
跡部が手塚に日焼け止めを投げてよこす。手塚は片手でそれを受け取ると、サングラスを外し体を起こした。
いきなり焼くより日焼け止めを塗りながら焼く方がいい。ここ数年は「仕事、仕事」で海やプールなどへは行ってはいない。テニスもナイターで少しするくらいだった。肌を焼くのは何年ぶりかというくらい、二人は白い肌をしていた。
「背中、塗ってやるぜ。貸せよ」
「ああ、ありがとう。交代で塗ってやろう」
二人でいちゃいちゃしてると、地元の人と思しきサーファーっぽい男がふたりビーチに入ってきた。
一人は黒い短髪の真面目そうな男で、もう一人は金髪の一見遊び人風の男。
手塚がその男たちに気づくと、こちらに寄ってきた。
「跡部、お知り合いか?」
「ん?…いや?」
跡部が向き合うと、その金髪の男は笑顔でこう言った。
『ねえよかったら4人でsexしない?』
「「!!」」
さすがの跡部も、冷静な手塚もチェアから落ちそうになるくらい驚いた。
『…すみません。俺達はそういう趣味はないので…』
跡部が丁重にお断りする。しかし短髪の男は、諦め切れないのか手塚の顔をじっと見ている。
『ダメですか?』
今度は手塚の方を向いて、金髪の男は聞いてきた。
『…っ。申し訳ありませんが…』
手塚が苦く笑いながらそう言うと、また金髪の男がしつこく口を出してきた。
『残念…。君たち日本人だろ?俺たち一度でいいから日本の男とヤってみたいって思ってたんだよね。…ね、どうしてもダメ?』
『いい加減にしてくれ。それにここはプライベートビーチだ。…出てけよ』
跡部が少し苛立って言うと、二人は肩をすくめて帰ろうとした。短髪の男が振り向き、手塚の方を名残惜しそうに見つめた。
「え?な、なんだ?」
手塚が思わず跡部に確認する。
「…めっちゃくちゃ狙われてるってトコか」
跡部は はん!と鼻先で笑い「…どっかで見たことあんだよな…」と呟いた。
しばらくウトウトとした後、跡部が思いついたように言う。
「なあ、今日の夕食は庭でバーベキューしようぜ」
そういえば庭にバーベキューテーブルがあったと、手塚は思い出す。
「なんかうまそうだな。よし、それでいこう」
「そうと決まれば、早速スーパーへ買出しにいこうぜ」
スーパーなんて、日本でも行ったことのない二人。何を買えばいいのやらさっぱりわからず、カートを引いてウロウロ。
「とりあえず野菜だな」
手塚が手前にあった野菜コーナーを見て言う。
「といっても二人だからなあ…」
山盛りに売られている野菜たちを見て、跡部が少しうんざりした口調で言った。それでも仕方ないので、欲しいものは全部カートに入れた。
「次は、肉か…」
手塚が店内をきょろきょろして進む。跡部も同じようにきょろきょろ…。
「跡部、これも焼かないか?」
差し出されたものを見る。
「ああ、焼こう。うまそうだ」
それをカートにいれ、また手塚は進む。跡部はその後ろでこっそり自嘲気味にわらう。
…ヤバイな俺、ワクワクしてやがる。日本にいたらぜってえできねえ、こんなこと。
「跡部」
また手塚が呼ぶ。「なんだ?」跡部がうれしそうに答える。
こうして二人のいちゃいちゃ夕食ショッピングは終わる。
この二人は、スーパーでお買い物をしたことがなければ、包丁さえまともに握ったことがない。魚介類も、釣りが好きとはいえキャッチアンドリリースなので…。四苦八苦して材料を切り、庭へと運ぶ。
ちょうどサンセットに間に合い、シードルで乾杯した。どこからともなく聞こえてくるハワイアン。ダイアモンドヘッドを紅く染め夕日が彼方に沈む頃、また昼間の二人が顔を出した。とたん跡部の表情が硬くなる。
「今度は庭まで来んのかよ…」
呟いてイスから立ち上がった。
『何の用だ?ここは敷地内だが…』
『すみません。ブザーを押しても誰も出てこなかったので。庭から声が聞こえたから…』
短髪の男がそう言って、ロブスターが入った箱を差し出した。
『昼間は大変失礼しました』
跡部は手塚の方を見て肩を竦めた。
「俺はかまわんぞ」
『…どうやら彼はあなたたちと食事をしてもいいみたいですが』
『食事ならね』
手塚が笑って言うと、ふっと場が和む。
『二人なのにたくさん買いすぎてしまったんですよ。よろしければ…』
手塚が金髪の男にも声をかける。
短髪の男はロイ、金髪の男はリッキーと名乗った。
「ロイ…?」
跡部が眉を寄せる。
『覚えてませんか?子供の頃、時々遊んだんですよ』
『…あ。そうか!悪い。あんまり変わってたんで判らなかったぜ』
跡部とロイは、子供の頃毎年のようにここ、ハワイで遊んでいた。5歳年下で、跡部がハワイに来なくなったせいでもう何年も会ってはいなかった。
ロイはもともとロサンゼルスに家があり、今年はリッキーと共に跡部たち同様ニューイヤーを過ごしに来ていた。昼間は跡部と手塚がやけにいちゃついてるのを見て、思わず声をかけてしまったそうな…。
『このロブスターを調理したいのですが…』
ロイが言うと手塚が
『すみません、俺たちそういうのは苦手なんでよければやってもらえますか?』
そう言いながら、部屋を指差す。
ロイと連れ立ってキッチンへ行く手塚。跡部はシードルを飲みながら、それを横目で見ていた。
『さっきの話だけど、君がロイの初恋のケイゴかい?』
リッキーがふいに話しかけてきた。
『初恋?』
『ああそうさ。いつも聞かされるんだ。もうやきもち妬くのを通り越したさ』
リッキーは愉快そうに笑った。
『それは、気がつかなかったな…。でも今は手塚のほうが気になってるみたいだぜ?』
跡部は意地悪く笑って顎で室内を指した。
庭から見えるキッチンでは、ロイと手塚が並んでなにやら楽しそうにしていた。
『ホント、包丁持つ手が危なっかしいですね』
ロイが苦笑する。
『さっきはよく指を切らずに出来たと自分でも感心したさ』
手塚は笑うと、手際よくロブスターをさばくロイを見た。
『うまいもんだな』
『…Mr.テヅカ…。ゲストルームに?』
『テヅカでいいよ。ゲストルームがなにか?』
『いえ、あの部屋の位置だとサンライズがすばらしい。ニューイヤーはきっと忘れられないものになると思って』
ロイは白い歯を見せてきれいに笑った。
「……ぁ…」
跡部は手塚の胸に唇を這わせる。胸の飾りを舌先で舐め、もう片方は親指と人差し指できゅ…とつまみあげた。反らした喉元を舌でなぞれば、くすぐったさに首をすくめる。
その唇についばむようなキスをすると、手塚の方から薄く唇を開き舌を誘いこもうとする。望み通り舌を差し入れてやると、跡部の首に腕を絡ませてきた。
「…ん…」
思わず声を漏らすほどに熱っぽいキス。奪いあうというよりも与えあうような口づけ。
二人の体の間には、硬くそそり立つものがお互いの腹に当たる。手塚は跡部のものに手を伸ばした。
「…おい…っ」
こんなことは初めてだった。
手塚は、跡部を拒むことはしなかったが、自分から積極的に跡部を求めることはなかったのだ。
「いいから…」
手塚は体を下にずらそうとした。
「…!」
驚いているうちに、手塚が体の下方にズレこみ、跡部は四つん這いの姿勢になってしまった。そして跡部自身を口に銜えた。視覚でも煽られてしまう。
「んっ」
口の中で容量が増したので、手塚が声を出す。
「…っ悪い…すっげー感じてしまったぜ…」
跡部はくくっと笑うと手塚の口に腰を少し押し付け、その口内に深く入れた。手塚の狭い口の中で、舌が不規則に蠢く。
先端の窪みを舌先でなぞりながら、袋を柔らかく揉むと跡部は切ない声をあげる。跡部は腰を揺らし、口に抜き差しし始めた。
そして、いきなり口から抜くと手塚を引き上げうつぶせにさせた。
「わっ…」
「ちくしょう。お前にやられたぜ。ゆっくりしてやろうと思ってたのに、我慢できねえぜ」
「俺も…早く来て欲しい…」
手塚が言うと、跡部は少し照れくさそうに笑い背中に口づけた。ローションを手に取り手塚の翳りに指を差し入れる。とたん手塚の体がびくんとはねた。
「腰を上げてもっとほぐしやすくしてくれ」
跡部が言うと手塚はうなづいて、ヒクヒクと震えるそこをさらすように尻を高く突き出した。
「…なんか今日は…積極的じゃねーの…」
跡部が低く囁く。
「そんなことはいいから、早く…っ。早くお前が欲しい…」
「…待ってろ…俺も早くお前に入りたい…」
跡部は簡単に指を入れた。
「んっ……っ」
欲しかったものでもないのに、すごく感じてしまって手塚の腰が揺れる。ぎゅっとシーツを握る。快感を引き伸ばそうとする指に焦れてくる。
「跡部…っ……早く…入れ…っ」
「まだダメだ。もっとほぐさねえと…」
指を二本に増やされ、前立腺を擦られる。
「ぁぁぁっ…っ」
背中を弓なりに反らし、手塚は喘ぐ。
「そんなに感じるとほぐしにくいぜ…」
跡部はくすっと困ったように笑う。
「だ、だって…。もういいから、早く来いよ…」
手塚が掠れたセクシーな声で言う。
仕方ない…というように跡部は、指でそこを拡げるようにすると、先端を少し入れた。
「ちょ…とキツイんじゃねーか?」
心配そうに声をかけると、手塚は首を横に何度も振った。
「い…いいから…っ」
抜き差しを繰り返し、少しずつ奥に進んでいく。硬い切っ先が感じる所をぐいぐいと刺激する。そのたびに声が出てしまって、どうしようもなく乱れてしまう。
反らされた背中に何度も口づけをする跡部。
「ぁっ…もっもう…」
手塚がタオルを取り、ぼとぼとと透明の雫を零す自身に巻く。びくびくと体を震わせると、ぐったりと肩をシーツにつけ倒れこんだ。
跡部は手塚の腰を持ち、ラストスパートをかける。激しく何度か腰を打ち付けると短く呻き、果てた。
手塚が眩しくて目を覚ますと、カーテンを閉め忘れた窓から昇ったばかりの太陽が見えた。
「…あ…」
美しい光景に思わずベッドから降りて窓辺に歩いていく。
昨日ロイが言ってたことは本当だったな…。ふ…と頬を緩める。
寝返りを打ったときに隣に手塚が居ないことに気づいた跡部は、がばっと起き上がる。とたん、窓辺に居る手塚が見えて安堵の声を出した。
「ああ…そこに居たのか…」
「起こしたか?すまん。あまりにキレイだったから…」
逆光で、振り向いた手塚の裸の体がシルエットになる。無駄のない均整の取れた体。つい見惚れてしまう。
キレイなのはお前の方だろ…?とは言わず、「ああ」と柔らかく笑ってやった。
跡部もベッドから降り、バスローブを持ち手塚の方に行く。ひとつを手塚の肩にかけてやり、もうひとつは自分が羽織った。
「…なあ、今日は何をする?お前は何がしたい?」
ゆっくりした時間を楽しむように、跡部は手塚の腰を引き寄せ耳たぶに口づけた。
(04.12.30)
夜空を見上げるとたくさんの星がきらめいていた。
今日は大晦日。
ふたりはバルコニーで簡単に夕食を済まし、涼んでいた。手塚は手すりに背中を預け、空を仰いでいた。
pipipipipi........
突然音が鳴り出す。
「ちっ…」
跡部が舌打ちした。どうやら跡部の携帯の呼び出し音のようだ。跡部は飲んでいたレモネードを持ったまま、部屋に入った。手塚は跡部を視線で見送っていたが、すぐにまた空を見上げた。
少しすると、部屋の方から歩いてくる跡部の影が、手塚の顔にかかる。
もう話が終わったのかと手塚が顔を向けると、跡部がぶすっとした顔でバルコニーの前で立ち止まった。
「…えらく不機嫌だな」
ふっと苦笑すると跡部は
「不機嫌にもならあ。ったくこんな日に親父…じゃなくて、社長から頼まれちまったぜ…」
手塚とのことで社長にはどうやら頭が上がらないらしい。
跡部は手塚のところに来ると、ちゅっとキスをした。
「すぐ終わると思うが、もし遅くなったら先に休んでろ。ニューイヤーは一緒にいたいからできるだけ早く済ませる」
そう言って跡部はマスタールームに行った。手塚はもう少し星を見ていたくてしばらくそこにいた。
「…テヅカ……っ」
名前を呼ばれたような気がしてキョロキョロしていると、道から誰か手を振っていたのが見えた。
ロイだった。手塚も気づいて手を振り返す。ロイは走って近くまで来た。
『そこに行っていい?』
『ここに?』
二階なのに…と面食らっていると、ロイは塀を乗り越え器用に木を登りバルコニーに飛び移った。
『…!あっぶない…っ』
『平気だよ。ケイゴといつもこうやって遊んでたんだから…。…あれ?ケイゴは?』
『ちょっと仕事が入ったみたいだ』
手塚が肩を竦めるとロイは、ちょっと笑った。
『Mr.テヅカ…さみしい?』
『ははっ、別に。さみしそうか?俺は』
手塚はロイに訊き返す。
『ううん、さみしそうじゃない。でも僕なら恋人がこんな日に仕事してたらさみしいけど…。あ、ふたりは恋人同士じゃなかったんだっけ?』
『……。ま、あな』
手塚は不意をつかれて、言葉に詰まってしまった。
『そういやリッキーはどうした?』
話を変えようとして地雷を踏んだことに気づいたのは、ロイの表情が一瞬にして曇ったからだった。ふたりは恋人同士なのに、「こんな日に」一緒にいないのはきっとわけがある。しまった…と思って手塚はロイに見えないように、苦く目をつぶる。
『…』
ロイが黙ってしまった。
『…悪かった。ちょっとバカな質問だったみたいだな。…あ、あの…よければ部屋で話を聞こうか?』
責任を感じてしまい、跡部のいない暇な時間をロイの恋の悩みを聞くことにしなくては…そう思った。
ロイはふたりの出会いから今までの話をした。
自由の国らしく、二人の関係は周りにオープンらしいが、リッキーは今の仕事が芳しくなく、そろそろ一発当てないと二人は引き裂かれるそうだ。確かにリッキーは一見ふらふらと遊んでるように見えた。
自立していないと特にこういう関係は認めてもらいにくい。そう自分にも当てはめながら、手塚はロイの話をずっと黙って聞いていた。
『…Mr.テヅカ…僕のお願いを聞いてもらえますか?』
『え…あ、ああ。何?俺に出来ることなら…』
柔らかな布張りのソファに並んで座っていたロイが、片手をつき手塚の方に身を乗り出してきた。ロイがついた手に体重をかけたので、ふたりのちょうど真ん中がぐっとへこむ。
『…抱いてください…』
「…はぁ!?」
え?え?と思っているうちに、ロイは手塚のジーンズの股間に手を持ってきて、下から上にすっと撫で上げた。
「ちょ…ちょっと!」
慌ててロイの肩を押し戻すが、ロイは手塚のジーンズのジッパーをじーっと下ろした。
『やめろっ』
ロイは手塚を見上げるようにして、言った。
『僕…うしろ、使えるよ?』
『いやいや、違う!違うって。そういうことじゃなくて、俺は出来ないんだって!』
『大丈夫、僕がリードするよ。…それとも、あなたは抱かれる方がいいの?』
ロイの言葉に一瞬戸惑うが、それもなんか違う。
『違う!…違う…けど…』
俺は一体何を言ってるんだ??
手塚が自問自答を始めた隙をついて、ロイは唇をキスで塞いだ。
「んっ!」
ロイが舌を差し入れて、手塚の歯列をなぞった。強烈な嫌悪感が手塚を襲う。
ソファのアームレストに倒れこむように押し倒して、ロイは暴れる手塚の腰にまたがった。唇を離し、ロイは手塚を熱く見た。
『Mr.テヅカ…あなたと一晩だけでいいから思い出を作りたい…。日本じゃ‘ウタカタ’っていうんでしょ…?』
ロイはまたゆっくりと顔を近づけていく。
『そのくらいで止めておけ…てめえじゃ15分もたねえぜ。クソガキが…』
『…ケイゴ!』
「跡部!」
声がして見ると、跡部はドアにもたれて腕を組んで立っていた。そして、その後ろからリッキーがひょっこり顔を出したのだ。
コックをひねるとちょうどいい温度のお湯が出てくる。
「ほら、頭からかけろ」
跡部がバスルームに手塚を引っ張って来た。
「さっき一緒に入ったばかりなのにどう…」
「うるせえ。……あいつの匂いがするんだよっ」
跡部はバツの悪い顔で手塚を睨むと、ふいと顔を逸らした。
「移り香…?」
手塚が怪訝そうに言うと、跡部は何も言わず顔を逸らしたままジーンズのポケットに手を突っ込んだ。手塚は小さくため息をつくと、跡部を押しのけ中に入って頭からシャワーを浴びた。
「…ばか。服、脱いでないじゃねーか…」
手塚は前髪をかきあげ、跡部に向かってふっと笑う。
跡部は目を細めて手塚を見たかと思うと、そのまま自分もシャワーの中に入ってきた。そして手塚をきつく、きつく抱きしめた。
「…ったく。油断しやがって。隙だらけにしてんじゃねーよ」
リッキーは、跡部達のことを知って日本のマスコミに写真を売り込もうと考えて庭に忍び込んだのだ。ロイはそんなリッキーが心配で来てみれば、手塚が見えたので声をかけたのだそうだ。
そしてたまたま仕事が終わり、リビングに来た跡部に見つかってリッキーは御用となり、事情聴取をされた。その時階上で物音がしたので部屋に来てみたら、ちょうどロイが手塚にまたがっていたというわけだ。
「跡部、もういいだろう?出ようか」
手塚が言うと、跡部は「ああ」と呟いて体を離した。
カウントダウンがはじまり、外はにわかに騒がしくなる。時計が0時を回ると花火もあがり、盛大に新年を祝う声が聞こえてきた。
「跡部…俺はよくわかった」
手塚は窓辺で腕を組み静かに言った。
「さっきのことで、やっとわかった」
「何の話だ?」
跡部は未だに少しご機嫌ナナメだった。
「俺は…俺はお前じゃなければいけないんだ」
ソファに座る跡部の前を通り過ぎ、手塚はベッドの方に歩いていく。まだ濡れた髪をかきあげ、跡部は立ち上がる。
「俺だってそうさ…。いつも言ってるじゃねえか」
手塚の方に歩み寄る。ふ…と二人は微笑み合う。
跡部が顔を近づける、手塚が目を閉じる。甘く吐息が、絡まる。
「…愛してる」
そう囁かれ、いつもなら手塚はこくんと頷くだけだった。でも今日は違う。
「俺も…」
今まで何故気づかなかったのだろうか。跡部に抱かれ、時には甘えられ。そんな跡部を何度愛おしく感じたかわからない。
それはただ「好き」という気持ちだと思っていた。
「好き」だけでこんなことは―――男同士で体を繋ぐなんて―――出来るはずがない。
少なくとも手塚はそうだった。それは跡部だからできることだった。最初から違和感など感じたことがなかった。
「もっとこっちに来いよ」
跡部が手塚の髪を梳きながら、切なく目を細める。手枕をした腕を少し引き寄せるようにして、手塚の額に唇をつけた。
「…もう他のヤツに触られたりするな」
「やきもちか?」
「うるせえ…キスなんかされやがって」
「何のことだ。もう…去年のことは…忘れたが」
「ふん、言うじゃねえの」
手塚は跡部の頬に長い指を伸ばす。
「ロイが…俺から離れる時言ったんだ」
跡部がロイの名に少し不愉快そうに眉を寄せた。
「『あなたは僕だから嫌なんじゃなくて、ケイゴしか愛せないみたいだね。僕は本能でわかるよ』って…」
「…」
「そのとおりだ。俺はおまえだからこんなことができる」
「…手塚…」
唇を重ね、体を繋げても心までは届いていないと思っていた。狂おしいほどに抱き合っても、甘い夜のあくる日は一人の男になっている。ストイックな手塚が好きだった。が、時にはそれが焦りにもなっていた。
手塚にしてもそうだった。
愛おしく思う気持ちが、体を繋げている高まった感情のせいかもしれないと。
激しい感情が表情に出にくい手塚と、さらりと恥ずかしいことを素面で言える跡部とは、温度差をお互いが感じていた。
「こないだから、ここに来てから、か?ちょっと変わったな…。どうした?」
跡部が柔らかく笑う。
「ああ…。どうしてだろう。こんなにも愛しい。一度はもう会えないと思ったからだろうか?もっとお前が欲しい。全てが欲しいんだ。これを‘愛’と呼ぶなら…。昨日よりも今日、さっきよりも今…お前を愛してる」
「…。お前、反則…。昨日、ムリさせたばっかだからと我慢してるんだぜ?」
跡部は苦笑すると、手塚を抱きしめた。
跡部の長い中指と人差し指で手塚の胸の飾りを挟み、揉みあげる。
「…ぁ…っ」
下半身はとっくにがちがちになっていて、先端からは透明の液体が幾筋も溢れていた。
「ちょっと焼けたみたいだな…」
跡部はそう言って、水着のあとがうっすらとついた腰の辺りを撫でる。わざと中心には触らないで、太腿の付け根に手をやる。
「……っ」
「どうした?触って欲しいのか?」
夜空を見上げすぎたせいか、瞳に星をたくさん宿し手塚は跡部を見つめる。
「まだダメだ。お・仕・置・き…」
跡部は意地悪く耳元に吐息で囁いて、唇を首筋に這わせた。胸元まで唇を這わせたら、初めてつけるかもしれない情事の跡を残す。
手塚の少し焼けた肌に、キレイな薔薇の花びらを想像させる跡部の所有印がつく。満足げにそれを見ていると、手塚が体を起こし跡部を組み敷いた。
「なっ…」
跡部が手塚につけた所有印がある同じ場所に、手塚も跡部にそれをつけた。
「俺がお前の‘愛’なら、お前は俺の‘愛’だ」
「ああん?貴様…タガが外れて恥ずかしいことバンバン言ってんじゃねえよ」
自分は言うくせに、言われ慣れていないのか跡部は照れ隠しに手塚の胸を押す。押された手塚は、くすっと笑って跡部の股間に顔を埋めた。
「やめ…っ……んっ」
「…」
跡部も充分に猛っていて、いつでも準備OKなのに相当手塚にお仕置きがしたかったみたいだ。手塚が先端を口に含むと、びくっとしてすぐに零れる先走りの露。尖らした舌で小さな穴をつつけば、跡部が手塚の髪に指を挿しいれた。
「ぁぁぁっ……っ」
根元まで銜えて、吸い上げるようにするのを何度か繰り返す。
充分に濡れたことを確認すると、手塚は跡部を跨いだ。
「…え……?」
跡部が驚くのも無理はない。あの手塚が自ら腰を下ろしたのだから。
「ぅ………っ」
「ばかっ、ほぐしてないのに…っ」
跡部が手塚を離そうとすると
「大丈夫。お前を濡らしながら、自分で少しした…から…」
それ以上聞くなといわんばかりに手塚は、紅く染めた目元で睨む。
「…やべっ…ちょっとソレ、想像しちまったぜ…つーか見たかったぜ」
もう限界まで育っていると思っていた跡部のものが、また容積を増した。
「あっ…っ」
「悪い…今日は俺様も15分もたねえかもよ…」
跡部はそう言うと、下から突き上げるように腰を揺らした。手塚の指と自分の指を絡め、体を支えるようにしてやる。ぐいぐいと腰を突き上げると、手塚は跡部を根元まで飲み込んだ。跡部の一番張り出したところが、手塚の一番感じるところを擦る。
胸を反らしたまま、手塚は跡部に倒れこんだ。
「手塚、見てみろよ…」
跡部に揺り起こされて、手塚はベッドの上で目を覚ました。薄暗い部屋に、跡部の顔が目の前にあった。
抱き合って何度目かの射精をしたことまでは覚えているが、そこから記憶がない。
もしかすると、繋がったまま失神したのか…?
ぎょっとしてシーツを剥ぐと、べたべたのはずの体はきれいにされていた。
「あ…?」
「ほら、夜が明ける…」
跡部の言葉に、思わず細かいことは忘れる。
「体、大丈夫ならバルコニーに出て見ないか?」
「ああ、大丈夫だ」
渡されたバスローブを羽織り、跡部についていく。
藍色の空が白々と明るくなって、星が少しずつ消えていく。太陽が光の矢を放ち姿を現すと、いつも見てるはずなのに神聖な気持ちになってくる。
「また一年が始まるな…」
跡部が真っ直ぐに前を見て呟いた。
現実離れしたこの地で過ごした数日間。また日本に戻れば、突きつけられる「課題」。
逆境と思えば苦しいだけでも、新たな挑戦の場だと思えばそれは「不幸」ではない。
この道の果てに探していた場所があると信じて。
(05.1.5)
おわり
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